コラム(2019〜2021年)



 光陰矢の如し

令和3年10月 

私が大学生の時でした。同級生と石川県の金沢へ旅行に行きました。何日目かに金沢から足を延ばして、日帰りで能登輪島に行きました。
「おばちゃん、この甘エビを下さい」(どこから来たんだい)「愛媛です」(じゃ、おまけだ)というような会話があったと思います。輪島の朝市でのことです。露店のお婆さんが甘エビを新聞紙に包んで、ハイよと渡してくれました。自分よりずっと年上に見えたその女性は、もしかしたら今の自分より若かったかもしれません。何百円か払いました。そのあとすぐ、近くのコンクリートの岸壁から能登の海を見ながら、甘エビを全部食べました。洗わず、醤油もかけず、新聞紙の中の甘エビを手でつまんで食べました。その美味しかったこと。よく覚えています。当時の輪島の朝市の風景はかすかに記憶に残っています。しかし、季節がいつだったか、誰と行ったか、何人で行ったかなどは思い出せません。今回、40年ぶりに能登に向いました。

のと里山空港に降りて、観光タクシーで真っ先に輪島の朝市に向いました。到着して、あたりを見渡すと、その景色が昔のそれとは随分変わって見えました。同じ場所に来たという感じがしませんでした。露店のおばさんたちの格好、様子も違っていました。あとで、移動する車の中で運転手さんと話をしました。運転手「40年経つと変わっているでしょうね」 私「確かにね。でも自分の中ではそう昔のことのように思えないのだけど」

40年前はまだ社会で仕事をする前でした。そして今は、じわじわとフィニッシュが近づきつつあります。光陰矢の如しです。ただひたすら走り続けてきたけど、「なんだかな」と思うことがしばしばあります。なにより、「少年老い易く学成り難し」でした。でも、これから先、一日一日をもっと大切に過ごしていこうと思います。新しい知識が頭の中に入りにくくなっていますが、もっともっと勉強していきたいと考えています。

 
輪島の朝市(2021年7月22日)  




 新型コロナウイルス禍の陰で(その3 はしかの流行)

令和2年12月 

前回の原稿を書き終わった後、『国境なき医師団』から手紙が届きました。毎年送られてきます。主たる目的は寄付の依頼ですが、毎回手紙が入っています。今回の手紙に書かれていた内容は、「コンゴはしかが大流行しています。コンゴのように、食糧が不足し、子どもたちの栄養状態が悪い地域では、はしかが何千人もの子どもたちの命を奪ってしまうのです」「はしかの流行はすさまじく、子どもたちの命を救うために、支援をお願いします」というものでした。この団体には日本人医師らも入っており、りっぱな活動をしています。
医学雑誌を除けば、今日麻疹はしか)に関する報道や記事を目にすることはまずありません。それは、先進国では麻疹ワクチンの接種がきちんと行われており、感染がある程度抑えられているからです。しかし、麻疹は今なお世界で流行している感染症で、かつ怖いウイルスです。非常に伝染力が強く(基本再生産数は新型コロナよりはるかに高い)、重症化する例も多いです。
麻疹ワクチンの接種が広く行われるようになる1963年以前には、推定で毎年260万人もの患者さんが麻疹で死亡していました。日本では、第二次世界大戦前には麻疹で年間1万人の子どもが亡くなっていました。今年の新型コロナウイルス感染症による国内の死亡者数よりはるかに多い数です。麻疹は決して軽くみてはいけない病気です。ちなみに戦前の日本では、百日咳でも1万人ジフテリアでも3000人以上が亡くなっていました。私が医師になって5年くらい経った頃でも、「はしかで毎年愛媛県の人口くらい(当時150万人)の人が、世界で亡くなるんですよ」と説明していたのを覚えています。

麻疹はいつか撲滅できるだろうと考えていました。ところが、そうはなっていません。予防接種を受けていない子どもが、世界にたくさんいるからです。紛争や治安の悪化、インフラの不足・輸送上の問題、ワクチン不足等で、子どもたちに対する予防接種の実施が困難になっている地域があります。2018年に世界で推定1900万人以上の子どもが、2歳までに初回の麻疹のワクチンを受けることができなかったとユニセフは報告しています。

今なお世界各地で麻疹が大流行しています。ワクチン接種率が高い国や、過去に「はしか撲滅宣言」をした国でも発生しています。2019年には世界で20万人以上が亡くなったと報道されています。麻疹で亡くなる人は2016年には過去最少の約9万人まで減っていました。ところが、2018年には患者数が1000万人に急増し、死亡者数は14万人になっていました。そのうちの大部分を5歳未満の子どもが占めていました。
現在でも、栄養状態の悪い人々が多く、また適切な医療を受けることができない発展途上国では、麻疹患者の3〜6%が死亡します。移住を余儀なくされた人々の死亡率は30%まで上がります。コンゴでは2019年に25万人以上が麻疹に感染しました。これは2018年の麻疹患者数の3倍以上です。エボラ出血熱の患者数と死亡者数よりも多くなっています。報告された5000人の死者のほとんどが5歳未満の子どもでした。流行はその後も続いています。それに加え、今年この国では新型コロナウイルスに対する感染予防措置により、多くの子どもが麻疹の予防接種を遅らせざるを得なくなりました。さらなる感染拡大が懸念されています。

新型コロナウイルスの流行により、先進国でも予防接種率の低下が報告されています。米国では、国家非常事態宣言のあと、麻疹を含むワクチンの接種が著しく減少しました。そして、日本でも予防接種率が下がっていることが指摘されています。麻疹、それ以外の感染症も、いつ突発的に大流行が起きても不思議でない状況です。



 新型コロナウイルス禍の陰で(その2 暖冬、雪不足)

令和2年6月 

今年になって、中国発の新型コロナウイルス感染症が世界に広がりました。上半期はこのニュース一色となりました。その結果、いくつかの重要な事柄が表にあまり出ませんでした。暖冬雪不足もその中の一つです。
今年の冬は歴史的暖冬でした。気象の分野では12月から2月までの3か月間を冬としています。気象庁によると、この冬の平均気温は全国で平年を大幅に上回り、西日本・東日本では1946年からの観測史上最も高くなりました。また、降雪量の平年比は北日本、東日本、西日本でそれぞれ44%、13%、6%といずれも統計史上(1961年から)最も少なくなりました。
これによって生じたのが深刻な雪不足でした。スキー場が早々に営業を取りやめました。ワカサギの穴釣りの名所として人気のある湖に十分な氷が張らず、氷上での穴釣りができませんでした。東北地方に暮らすお年寄りが「生まれてこの方、市内に雪がない冬は初めて」と話していました。
外国でも同様の現象がみられました。ウインタースポーツの観光収入に依存するヨーロッパのアルプス山脈のリゾート地では、深刻な雪不足が影響し、観光産業に多額の損害が出ました。雪の貯蔵や夏季観光へのシフトなど様々な生き残り策を模索しています。そこよりさらに北にある北欧のスキー場でも雪が足りず、人口の雪で営業していました。モスクワでは例年1月には川が氷や雪で覆われますが、今年は氷が張らず、街の雪もかなり少なくなっていました。

これを書いている今、日本は梅雨で水不足を心配する状況ではなさそうですが、実は春までは、異例の雪不足の結果起こる雪解け水不足が大きな問題になっていました。気象庁も、春先の雪解け水が少なくなり、各地で水不足の懸念があると注意を促していました。
雪解け水不足で、今年の水田農業に影響が出る恐れも出ていました。何か月か前、夜遅くにテレビを点けると、農業用水不足を心配している農家の様子がうつっていました。その地区ではもともと雪が少なかったうえに、早い時期から雪解けが始まりました。雪解け水が用水路を速いスピードで下流に流れていく様子を、農家の方が呆然と見ていました。長野県のある農家の人は、過去92年間で最も積雪が少なかったと語っていました。田んぼに水が引けず、田んぼの土が乾いてしまいました。「この雪不足は災害級」と悲鳴を上げるコメ農家の方々がいました。
暖冬・雪不足の影響は生態系にも影響を及ぼします。暖冬によって虫が出てくるのが早まるため、苗の時期に虫害が起きます。雪の下で越冬させる醸造用のブドウや干し草が枯れたり、野ウサギによる食害に会っています。標高が高いところにも雪がないため、山の広い範囲にわたって鹿が木の若芽を食べてしまう被害も発生しました。熊が冬眠しなかったり早く目覚めたりして、餌を求めて人の生活圏内に現れる危険性も高まります。

日本の川はヨーロッパの川などとは異なり、勾配が強く流れが速いのが特徴です。国土も広くないので、短い期間で海に流れ出てしまいます。日本の降水は梅雨期、台風期、降雪期に集中しおり、それ以外の時期の降水量は多くありません。1964年には「東京オリンピック渇水」がありました。この年の8月は都市部で1日のおよそ半分に当たる45%の給水制限がありました。可能性の話ですが、もし今年東京オリンピックが開催されていたら、給水制限が起きたかもしれません。世界中からの多くの来客が訪れれば、当然多くの水が必要になります。選手やスタッフらの暑さ対策にも水が必要です。

コロナ禍の陰で実は深刻だった「雪不足」。 多すぎても少なすぎても困るのが水です。地域によっては「コロナだけじゃない」というより「コロナどころじゃない」かもしれません。一人一人の危機は住む地域、職業によって大きく異なります。



 新型コロナウイルス禍の陰で(その1 バッタ被害)

令和2年5月 

ここに2枚の写真があります。空を覆うほどのバッタ大群が飛んでいます。そして、そのバッタの大群があたりの植物を根こそぎ食べつくしながら、進んでいます。まるでホラー映画の1シーンのような情景です。
東アフリカ(エチオピア、ソマリア、ケニアなど)、中東(サウジアラビア、イエメン、イランなど)、南西アジア(パキスタン、インドなど)でバッタが大量発生し、農作物を食い荒らす深刻な被害が出ています。新型コロナウイルスの世界的流行が起こった今年前半、これらの国々ではウイルスよりもっと厄介な「蝗害(こうがい)」が猛威を振るっていました。
バッタによる被害報道を見るようになったのは、去年の終わり頃からでした。しかし、危機はもっと前から広がっていました。バッタの大発生は、2018年の2度のサイクロンによる大雨が、アラビア半島南部を襲ったときに始まったと言われています。雨でバッタのエサとなる草が増えて、バッタが大量発生しました。一つの群れのバッタの数は数億匹から数十億匹と言われ、1日に100キロ以上移動します。バッタの大群が移動した後は農作物だけでなく、家畜のエサなども根こそぎ食べられてしまいます。
アフリカのケニアでは、もともと天候不順で農業が振るわず、加えて「過去70年で最悪」と言われるバッタの大量発生が住民を苦しめています。ソマリアでは食糧供給が壊滅状態にあるとして、政府が国家非常事態を宣言しました。農業がGDPの3〜4割を占めるエチオピアでも、20万ヘクタールの農地が食い荒らされました。政府は食料の確保や避難民への対応、バッタ駆除などに追われ、財政的負担が大きくなっています。(この部分は2020年4月24日の読売新聞の記事を参考にしています)
中東のイランにはサウジアラビアやアラブ首長国連邦、オマーンからペルシャ湾を越えて、バッタの大群が飛来しています。政府が殺虫剤を使って駆除に乗り出したところ、広範囲に死骸の山ができました。南西アジアのパキスタンでは、過去30年で最悪の作物被害が出ました。政府はすでに2月に、農家と農作物の保護に向け非常事態宣言を出しました。食糧となる小麦などのほか、主要輸出作物の綿花が被害を受けています。インドでは、空前のバッタの大群が旅客機の運航の脅威となっています。農作物にはすでに甚大な被害が出ています。この国では新型コロナウイルス対策のため全土で1か月にわたり封鎖措置がとられ、農家はさらに苦しくなりました。

国連の食糧農業機関(FAO)は、今年1月に「バッタの大群は6月には500倍に増える」と予測していました。4月上旬には「今回のバッタの大発生は、食糧安全保障や生活への予期せぬ脅威に相当する」と報告しています。
特に被害が深刻なのは「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ大陸の東端の国々です。天候不順による不作で、すでに食糧不足に苦しんでいる人々が多かった所です。食欲旺盛なバッタが好む穀物は、アフリカ大陸の農民の主要な生活の糧です。新型コロナウイルスの恐怖どころではないのかもしれません。バッタの繁殖・移動力が高いのに対し、これらの国々では、資金や人材の不足などにより駆除が追いつかないのが実情です。

農家の作付けが始まりましたが、バッタの大群は勢いを増しています。しかし、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、専門家の派遣や資材の輸送が難しくなっています。このことがバッタの災厄にさらに追い打ちをかけています。
多くの国で食糧危機を招き、経済に打撃を与えていますが、各国政府や国際機関による駆除や予防策は追いついておらず、終息の見通しは立っていません。バッタ襲来の被害をいかに食い止めるか。コロナ感染拡大阻止以上に難しい問題かもしれません。



 自己責任

令和元年6月 

寒い2月の休日に、都心のホテルの日本庭園の中にある料亭(写真A、B)に、家族で食事に行きました。何年かぶりでした。ロビーから下に降りて、池を横切り、敷石を踏んで少し登った所にあります。席についてしばらくすると、初老の料理人が前に来ました。その方に「今日は寒いけど雪がないですね。雪が降ると、ここへはちょっと来にくいと思うのですが、雪の日でも営業はされるのですか」と聞きました。彼は穏やかな表情で「今の日本では、自己責任というものの範囲がとても狭うございまして」。プロの料理人ですので、それ以上のことは語りませんでしたが、推して知るべしの重い言葉でした。
写真C、Dは、ハワイ・ワイキキの有名ホテルのプールと、その近くに置いてあった掲示板です。『警告 ライフガードはおりません。水泳は自己責任です』と、日本語で書かれていました。

ここに述べた2つの例。想像すれば、雪で滑って客が転倒しケガでもすれば、中には「手すりをつけてないからだ」とか「もっと安全な道にしておけ」、「なんで石を滑りにくいものに変えないんだ」というような人間がいると思います。今の日本なら。プールで事故が起こっても「ライフガードがいれば、助かったはず」という者がいるでしょう。

昔は「人のせいにするな。お前が悪いんだろ」と、親が子を叱った。一方で、「うちのバカ息子がご迷惑をおかけして」と、謝りに行った。今頃はこういうことは少ない。自分は悪くない。自分の子は悪くない。悪い事は他人のせい。日本のマスコミのように、何でも自分らが正しいと思って、人を非難する癖がついてしまっている。こういう輩が最もタチが悪い。何か事が起きると、学校のせい、保育所のせい、警察のせい、役所のせい、病院のせい、政治のせい。国会でも、ろくに対案も出さず、責任追及だけしている。人を批判することを仕事にしている連中は、自らには甘い。本当に教育上よろしくない。
最後に、自分のこと。この年になれば、いろいろ病気が出てきますが、大部分は自己責任のような気がしております。

 
A. 日本庭園の中にある料亭   B. 鉄板焼き


 
C. ハワイ・ワイキキにある有名なホテルのプール   D. プールの近くにある掲示板







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