こどもの病気(2014-2020年)



 片頭痛(2)             2020年8月

小児の片頭痛についてもう少し述べます。
小児の片頭痛の特徴は、 左右両側性のことが多く(90%)、前頭部を痛がります。持続時間が短く、半数以上が4時間以内です。これに対し、成人の片頭痛は片側性が多く、持続時間は4時間以上と長いです。小児の患者では、前兆を伴わないことが多く、突然痛くなります。また、痛みは拍動感に乏しく、特に男子は疝痛発作で「すごく痛い」としか言わないことが多いです。
片頭痛は緊張性頭痛との鑑別が大事ですが、両者の鑑別が難しいことがあります。小児の患者では緊張性頭痛と似た例が多く、また緊張性頭痛との合併もよくみられます。一般に、温めると悪化する、あるいはちょっと動くだけで痛みが増すような頭痛は片頭痛です。
小児の片頭痛患者でみられる症状では、吐き気・嘔吐(90%)が多いです。小児の片頭痛ではとにかくよく吐きます。それ以外の症状とその頻度は、光過敏・音過敏(20-40%)、めまい(40%)、耳鳴り(20-30%)、
前兆(30%)などです。

次に、小児の片頭痛の予後についてです。患児の6〜8割は発作が起こらなくなります。慢性化しやすい因子としては、1)女児、2)発症年齢が低い(6歳以下)、3)発作が頻回に起こる例、などが挙げられます。
片頭痛の子を持つ母親がしばしば「小さいときは吐きやすかった」と話します。周期性嘔吐症の子どもの約4割が片頭痛に移行すると言われています。片頭痛の合併症として特に小児で重要な病気は、気管支喘息、花粉症、副鼻腔炎、甲状腺機能障害などです。 片頭痛と気管支喘息発作が合併する率が高いことが報告されています。

頭痛発作時の対処の仕方については、頭痛発作時には、暗くて静かな部屋で安静にします。周囲からの刺激(騒音や臭いなど)がなるべく少なくなるよう心がけます。体を横にすると、痛みの拍動感が強くなることがあるので、患児が好む姿勢を見つけて、その姿勢をとらせます。
生活面ではストレスを溜めず、発散することが大事です。脳の視覚野の過敏性を増すスマートフォンやゲーム機器の光への暴露は控えさせます。睡眠リズムや急激な血糖値の変化も片頭痛に影響します。生活習慣が不規則にならないよう注意が必要です。血糖値の低下による片頭痛誘発が学校の給食前や部活中にみられる場合は、その対策が必要になります。学校での席は、片頭痛児には廊下側の方がよいです。
小児の片頭痛の治療は、非薬物療法(薬を使うこと以外の治療)が軸になります。急性期の治療の第一選択薬は、小児ではアセトアミノフェン(カロナール)とイブプロフェン(ブルフェン)です。これらの薬で症状が抑えられない場合は、トリプタン製剤が使用されます。



 片頭痛(1)               2020年6月

園児や小学校低学年の子が頭痛を訴えて来院するケースがわりとあります。近年、少しずつ増えてきたように思います。今回は頭痛とくに片頭痛を中心に述べてまいります。

成人の片頭痛の年間有病率は8.4%で、20歳から40歳代の女性に多いとされています。また、関東 の人では35%、東北7%、北海道 4%と、国内での地域差がみられます。さらに、ドイツ 25%、韓国 20%、米国 11%と、国・人種間でも差があります。世界的にみた小児の片頭痛の累計頻度は、3-7歳で3%、7-11歳で4-11%、11-15歳で8-23%です。日本では中学生4.8%(男 3.3、女 6.5)、高校生15.6%(男 13.7、女 17.5)で、高校生になると急に数が増えてきます。

片頭痛の典型的な前兆は、初めになんとなく目がチカチカしてきて、次に視野が真ん中から抜けるような感じ、あるいは視野がだんだん狭まってきます。前兆が現れると、患者さんは「あー、また頭痛が来る」と不安になります。視覚性の前兆以外にも、感覚が鈍くなる、しびれる、言葉が話しにくいなどの症状もあります。前兆は一般に5-30分で消失します。
片頭痛にはアロディニア(異痛症)という現象があります。多いのは頭部アロディニアで、顔に風が当たると痛い、髪の毛をちょっと触るだけでピリピリする、眼鏡をかけているとすごく嫌な感じになる、などがあります。頭部外のアロディニアとしては、手足のしびれ感、ベルトがきつく感じる、布団が体に触れても不快になる、などがあります。アロディニアは片頭痛発症後20〜30分して起こることが多く、片頭痛患者さんの50〜80%にみられます。片頭痛の治療としては、痛みを感じたあと、このアロディニアが出る前に薬を内服することが大事です。

片頭痛の症状は個々の患者さんで共通する点が多いのですが、原因は多岐にわたります。遺伝性もあります。現在、この病気の病因として有力な説は三叉神経血管説です。短くキーワードだけ並べますと、ストレス、血小板からのセロトニン(血管収縮物質)の放出、脳血管の収縮、次いでセロトニンの枯渇、逆の脳血管の異常拡張、脳血管壁に存在する三叉神経終末からの神経炎症タンパクの放出、脳血管壁の炎症の悪化、これらの刺激が三叉神経核を介して大脳皮質に伝播される。この一連の流れによって片頭痛の痛みが生じます。

このように、片頭痛はただの「頭イタ」ではなく、根底に、脳の神経、血管に異常な興奮状態、炎症が起きている頭痛です。保護者や学校関係者がこのことを理解することは、片頭痛で苦しむ子どもをサポートするうえでとても重要です。



 百日咳                     2019年6月

麻疹(はしか)、風疹などわれわれの世代がかかった病気は、ワクチンの普及、予防接種率の向上とともに患者数は激減しました。もう無くなる病気と思っていました。ところが、近年増えてきています。つい先日発表されたデータでは、今年になってから5月末までの麻疹の報告数は、すでに昨年1年間の報告数の2倍になっています。風疹についても、昨夏から患者が増え始め、年をまたいで流行が続いています。
百日咳も同様です。以前の3種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)によって患者数は、著しく減少していました。しかし近年、大学生の集団感染や若い成人層の患者の増加がみられ、新聞等でも報道されています。医学的には、成人の百日咳の抗体価が低下していることが問題でした。

この状況を受けて、百日咳は昨年1月から全数把握疾患になりました。2018年1年間の報告数は約12000例でした。多いです。この数は麻疹・風疹の比ではないです。当院でも今年1月から2月にかけて、6例(園児、小学生、中学生)の百日咳発生届を保健所に送りました。これらの患者さんは全員きちんと3種混合ワクチンを受けていました。ちなみに、今は4種混合ワクチン(不活化ポリオが加わった)になっています。百日咳の抗体がすでに小児期に低下しているのではないかと、心配します。
百日咳は百日咳菌によって起こる呼吸器疾患です。飛沫感染し、潜伏期間は7~21日、通常10日前後です。鼻汁、咳などふつうのかぜ症状で始まりますが、徐々に咳がひどくなり、百日咳特有の咳になってきます。典型的な症状としては、顔を真っ赤にしてコンコン激しく咳き込む(スタッカート)、最後にヒューと音を立てて息を吸う発作(ウープ)、このような咳の発作が繰り返し起こる(レプリーゼ)、顔面の紅潮、まぶたの浮腫、眼球結膜の充血(百日咳顔貌)などがあります。
しかし、ワクチンを接種した小児や成人ではこのような典型的な症状が現れず、持
続する咳だけが所見としてみられることも多いです。このため、百日咳の診断が遅れたり、見落とされることがあります。ワクチン未接種の子どもへの感染源となる可能性があります。百日咳は乳児(とくに新生児や乳児期早期)がかかると重症化しやすいです。肺炎や脳炎を合併し、まれに致死的となります。百日咳が流行して、最も困るのは、実はこの点なのです。
百日咳には、カタル期(1〜2週間)、痙咳期(4〜6週間)、回復期(2〜3週間)があります。カタル期から有効な抗菌薬を服用すると、咳発作を軽減できます。しかし、この時期には百日咳特有の症状はまだみられません。痙咳期に入ると、治療をしても症状の改善効果は低いです。しかし、有効な抗菌薬投与後は、5日で感染性はなくなります
現在、百日咳の確定診断は、ほとんどがLAMP法による核酸検出で行われています。連休がなければ、数日で結果が出ます(今、日本は連休だらけで)。
青年・成人の百日咳が増加し、重症化しやすい乳児期への感染源になっていることへの対策がなされないといけません。学童期、成人への百日咳ワクチンの追加接種等が検討されています。



 蚊媒介感染症(3)                 2018年11月

7月の西日本豪雨により、大洲は大きな被害を受けました。多少その影響もあって、前回から間隔が開いてしまいました(言い訳です)。他の国なら、今回のような大災害のあとは、住民が疲労やストレスで体調を崩し、また衛生状況も悪化して、いろいろな伝染病が流行します。とくに子どもの病気が増えます。しかし、そうならないのがこの国のすごいところです。日本人はもっと自分の国に誇りを持っていいと思います。


話を本題に戻します。日本脳炎は、コガタアカイエカが媒介する日本脳炎ウイルスの感染によって起こる急性の脳炎です。このウイルスに感染しても症状が現れないケースがほとんどです。しかし、発病した場合は、症状が出た時点ですでにウイルスが脳内に侵入し、脳細胞を破壊しています。発病者の20~40%が亡くなり、たとえ命が助かっても45~70%に精神神経障害などの重い後遺症が残ります。

我が国では1924年に6000人以上が日本脳炎に罹患し、うち60%以上が死亡するという大流行が起こりました。1960年代までは、年間数千人の患者数が報告されていました。その後、ワクチン接種の開始や、水田環境の変化・居住地の衛生状況の改善に伴う蚊の減少等により、患者数が激減しました。今では国内の患者数は年間10人未満で推移しています。しかし、周辺のアジア諸国ではこの病気は今日でも多く発生しています。毎年3万5千~5万人の患者が発生し、1万~1万5千人が死亡していると推定されています。まだまだ、注意が必要な感染症です。
日本脳炎は人から人への感染はありません。ウイルスはブタの体内で増殖し、そのブタを刺した蚊がヒトを刺すことで感染が広がります。 現在、国内の患者数は少ないのですが、ウイルスの増幅動物であるブタの感染状況をみると、夏頃から西日本を中心に広い地域で感染が確認されます。この病気のウイルスは身近に存在していると言えます。患者数が減っても、潜在的な脅威は消えたわけではありません。
日本脳炎に特異的な治療法はなく、予防が大切です。死亡率が高く、神経後遺症が残るリスクの高さからも、ワクチンの接種は大事です。ワクチン接種により、日本脳炎にかかるリスクを75~95%減らすと報告されています。

ジカ熱(ジカウイルス感染症)はデング熱と同様、ネッタイシマカがウイルスを媒介します。この病気は、2015年からブラジルなど30以上の国と地域で流行しています。感染すると、発熱や目の充血、発疹などの症状が現れます。症状は比較的軽くて、2~7日続いて治ります。感染しても症状がないか、症状が軽くて気づかないことも多いです。
しかし、妊娠中の女性は注意が必要です。母子感染により新生児が小頭症などの先天異常をきたします(先天性ジカウイルス感染症)。ブラジルでは、頭が十分に発育しないまま生まれる小頭症の赤ちゃんが急増しました。原因は、母体に感染したジカウイルスが、胎盤を通じて児に感染し、ウイルスによって脳細胞が破壊されるためです。また、ジカウイルスは泌尿生殖器系からよく検出されることが知られています。ジカウイルスに対して有効な抗ウイルス薬はなく、症状に応じた対症療法が行われます。

先に述べたように、蚊は最もたくさんの人間を死に至らしめる生き物です。今の日本においては、蚊媒介感染症の発生数は必ずしも多くありません。しかし、外国と日本の人の行き来はどんどん盛んになっており、今後さらに増えることが予想されています。蚊媒介感染症がいつ日本に侵入してきても不思議ではない状況です。近隣の東南アジア、南アジアは蚊媒介感染症が猛威を振るっている地域であり、無関心でいると危険です。
多くの蚊媒介感染症は一旦かかると有効な治療法がなく、重症化するケースが多いです。蚊に刺されないことしか予防法がないとういうのが実情です。海外の流行地に出かける際は、長袖、長ズボンを着用し、虫よけスプレーをこまめに使用するなどの対策が必要です。



 蚊媒介感染症(2)                 2018年7月

4年前の2014年の夏、70年ぶりにデング熱が国内で発生しました。この病気の原因ウイルスを人から人へと運んだのは、蚊でした。東京の代々木公園に端を発して国内に広がったため、大きく報道されました。その次の年の2015年、リオデジャネイロ五輪をひかえたブラジルで、小頭症の児がたくさん生まれました。これはジカ熱という病気が原因でした。ジカ熱はその後も中南米などで大流行しました。この病気の原因ウイルスを運んだのも蚊でした。
この2つの病気が知られるようになるまでは、われわれ日本人が蚊媒介感染症といわれて思い浮かんだのは、マラリア日本脳炎くらいだったと思います。そして、それらはめったにかかることのない、あまり気にする必要のない病気という認識だったかもしれません。しかし、世界では毎年膨大な数の人間が蚊媒介感染症に罹患しています。全人口の約10%ともいわれています。蚊が媒介する感染症には、上記以外にもウエストナイル熱黄熱チクングニア熱などがあります。
グローバル化の時代にあって、蚊媒介感染症の世界規模での拡散が懸念されています。人や物が高速で世界中を活発に行き交う今日、これらの病気がいつ日本に侵入しても不思議ではない状況です。無関心でいることは危険です。これらの病気は一旦かかると有効な治療法がなく、重症化するケースも多いです。

蚊は世界中で約3500種類が報告されており、種類によって媒介する病気が異なります。ちなみに、日本には130種の蚊が生息し、うち約10種が吸血の際に病気の原因となるウイルスを媒介します。
蚊媒介感染症の代表である
マラリアは罹患者数、死亡者数の多さから長年にわたり世界的な問題となっており、その根絶はWHOの重要な仕事の一つになっています。マラリアは、ハマダラカという蚊が媒介します。2015年1年間の全世界のマラリア患者数は2億1400万人、死者数は43万8千人と推定されています。今なお、子どもを中心に50秒に1人がマラリアで死んでいる計算になります。最も問題となるのは熱帯熱マラリアです。発症してから24時間以内に治療を開始しないと重症化するリスクが高まります。5日以内に適切な治療を開始しなければ死亡することがある怖い病気です。
あまり知られていませんが、かつて日本にも土着のマラリアが存在しました。それは瘧(おこり)と呼ばれていました。一休宗純(一休さん)、平清盛はこのマラリアで死亡したと考えられています。坂本龍馬は薩長同盟実現のため奔走するさなかに発症しました。北海道で1000人を超す患者が出たという記録もあるそうです。現在では、この土着マラリアはなくなっていますが、海外から帰国した人が感染していた例(いわゆる輸入感染症)が年間100例以上あります。

デング熱はデングウイルスが蚊によって媒介されるウイルス感染症です。主にネッタイシマカが媒介しますが、日本に生息するヤブ蚊の一種ヒトスジシマカも媒介します。これらデングウイルスを媒介する蚊は熱帯や亜熱帯に生息しますが、温暖化の影響などで生息域が拡大しています。
2014年に東京都を中心に多数の感染例が確認されました。発生動向調査に報告された341例中、179例が輸入感染例で162例が国内感染例でした。幸いなことに、日本では冬の平均気温が蚊の活動可能気温である21℃を下回るため、感染の連鎖が途切れ、爆発的な流行には至らないと考えられています。WHO(世界保健機関)の推計では、デング熱の全世界の患者は年間4億人近くに達するとされています。中国の南部、台湾、インドネシア、マレーシアなどの日本人が多く渡航する国々で猛威をふるっています。衛生的と考えられるシンガポールでも流行をくり返されています。
デングウイルスは1から4型の4種類あり、うち1型が最も流行しています。2型の毒性が強いとされています。9割程度が不顕性感染ですが、2回目の感染が起こると症状が重くなる傾向があります。デング熱は、感染後3~7日の潜伏期間を経て、突然の高熱で発症します。発熱はしばしば二峰性を示します。症状として、発疹、筋肉痛、関節痛などがみられます。発病後数日で血小板と白血球が著しく減少し、しばしば肝機能障害をきたします。    続きは次回(最後)に。



 蚊媒介感染症(1)                2018年6月

大富豪として知られるマイクロソフトの創業者・会長のビル・ゲイツ氏と妻メリンダさんは、2000年にビル&メリンダ・ゲイツ財団を創設しました。世界最大の慈善基金団体です。この財団がまとめた興味ある統計を、2014年にビル・ゲイツ氏が自身のブログで公表しました。『世界の殺し屋の動物たちー1年間に動物に殺される人間の数』です。
結論から言いますと、最も多く人を殺している動物はです。それも圧倒的に多い数です。サメ、オオカミは10人、ライオンやゾウは100人、ワニは1000人、回虫 2500人、ツエツエバエ 1万人、犬 2万5千人、ヘビ 5万人などに対し、72万5千人でした。ちなみに、人間は47万5千人(戦争など武力行使以外の殺人)でした。蚊が媒介する伝染病の死亡者数は、他の怖そうな動物や人間による死者数を全部足したものより10万人以上多くなっています。
2016年に改訂版が公表されました。その中には、クラゲ 40人、トラ 50人、ハチ 60人、サソリ 3500人などの死亡者数が新たに書き加えられました。83万人で、人間の58万人を大きく上回り、やはり「一番凶暴な生き物」でした。獰猛(どうもう)な動物による死者の数が案外少ないことがわかります。サメ、トラ、ライオンによる死者数はカバ(500人)のそれより少ないです。

蚊に刺されて死亡する代表的な病気はマラリアです。マラリア原虫を保有しているハマダラカ属の蚊に刺されて感染します。WHOのマラリアレポートによると、世界で年間約2億人が感染し、約45万人が亡くなっています。蚊が媒介する感染症には、この他、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱、日本脳炎、ウエストナイル熱、黄熱などがあります。これらの中で、ワクチンがあるのは日本脳炎と黄熱だけです。
近年、海外で感染する輸入感染症例が増加傾向にあります。また、地球温暖化によってウイルスを媒介する蚊の生息域が拡大しているという問題もあります。このあと2回にわたって、蚊媒介感染症について述べていきます。



 流行性耳下腺炎                  2017年9月

流行性耳下腺炎はムンプスウイルスによる感染症で、おたふくかぜムンプスともよばれます。発熱に伴う耳下腺の腫脹痛みが主要症状です。飛沫感染による感染症で、潜伏期間は通常16~18日ですが12~25日くらいの幅があります。感染期間は、耳下腺腫脹が始まる2~3日前から耳下腺腫脹後5日目くらいまでで、唾液腺(耳下腺、顎下腺)からウイルスが排出されます。ムンプスウイルスには特異的な抗ウイルス薬がないため、治療としては対症療法しかありません。日本では、ムンプスワクチンは任意接種になっているため、予防接種率が30~40%と低く、流行を繰り返しています。先進国の中では珍しい現象です。
この病気については、ちょうど7年前の2010年10月に、この『こどもの病気』のコーナーで触れました。「ワクチンで予防が可能な病気は、ワクチン接種をすべきです。早期の公費助成を期待したいものです。」という言葉で、文章を結んでいます。その時点では、7年後になっても、ムンプスワクチンが定期接種にならず、ワクチン接種率が低いままになっているとは、思っていませんでした。

流行性耳下腺炎で問題になるのは、一定の頻度で発症する合併症です。頻度が高いのは、無菌性髄膜炎です。発熱、頭痛、嘔気、嘔吐などの症状がみられます。また、頻度は低いですが、脳炎を起こすことがあります。けいれん、意識障害などの症状で発症し、重い後遺症を残す合併症です。思春期以降に流行性耳下腺炎にかかると、男性では精巣炎、女性では乳腺炎卵巣炎を起こす率が高くなります。患児が腹痛を訴えた場合は、膵炎を疑わなくてはなりません。大学病院にいた時は、ムンプス膵炎をよく診ました。
小児で、最も問題になる合併症が難聴です。今月初めに日本耳鼻咽喉科学会は「流行性耳下腺炎の後遺症で、両耳の重い難聴になった人が2015年、2016年の2年間で少なくとも14人、片耳の難聴は300人いた」と発表しました。同学会の乳幼児委員会は「難聴になるとほとんど改善しない。予防接種を勧めるとともに、国に対しては定期接種化するよう求めたい」とコメントしています。

先にも述べましたが、日本ではムンプスワクチンが任意接種のため接種率は今なお3~4割と低く、このことが保育園や学校で流行性耳下腺炎がはやる原因となっています。世界を見ると、先進国ではワクチン接種が徹底されているので、この病気の流行はほとんどありません。流行するのは、日本以外ではアフリカやインドなどに限られています。




 B型肝炎                       2016年9月

来月10月からB型肝炎ワクチン定期接種になります。つまり、今行われている予防接種(肺炎球菌、ヒブ、4種混合、BCG、はしか・風疹などのワクチン)と同じように、接種券と母子健康手帳を持って小児科(医院、病院)に行けば、自己負担なしでこのワクチンが受けられるようになります。対象は今年の4月1日以降に生まれた0歳児です。本当に「やっと」という感じです。これまでに、194の世界保健機関(WHO)加盟国のうち183か国で、B型肝炎ワクチンはすでに定期接種になっていました。そして、世界で生まれた子どもたちの80%がこのワクチンを接種している状況でした。日本は定期接種化がされていない数少ない国の中に入っていました。

B型肝炎は、B型肝炎ウイルスの感染で起こる肝臓の病気です。このウイルスに感染している人の血液や唾液、汗、涙、尿などの体液を介して感染します。B型肝炎ウイルスの感染には、一過性の感染で終わる場合と、感染した状態がそのまま続く場合(キャリアといいます)とがあります。キャリアになってしまうと、慢性肝炎に移行することがあり、さらにその中から肝硬変肝癌を発症する人が出てきます。1歳以下で感染すると90%がキャリア化し、1-5歳の感染では25-50%がキャリア化するといわれています。
世界保健機関(WHO)の統計によると、B型肝炎ウイルスの持続感染者は3.5億人と推計され、1年間に100万人がB型肝炎に起因する病気で亡くなっています。B型肝炎ウイルス感染者はアジア、アフリカに多く、世界人口の4分の3はこれらの流行地域に住んでいます。日本では100~130万人が持続感染していると推定されています。
B型肝炎ウイルスの感染経路には垂直感染水平感染があります。垂直感染とは、肝炎ウイルスをもつ母親から直接その子に伝播する感染様式です。日本では、過去30年間母子感染(垂直感染)予防に力を入れ、大きな成果をあげました。しかし、現在、若年成人を中心に年間6000人以上の新規患者がいると推計されています。若年層のB型肝炎ウイルスキャリアの多くが水平感染で生じたものです。また近年、身近にいるキャリアから小児への水平感染も問題になっています。保育所での集団感染や、父子感染、祖父孫感染などの家族内感染の報告も増えてきております。父子感染については、父親がキャリアだと約25%に感染がみられ、約10%がキャリアになるといわれています。先に述べたように、唾液、汗、涙などの体液が感染源になることがわかっており、B型肝炎ウイルスの施設内感染や家族内感染などの水平感染が、子どもの日常生活の中で起こっている可能性があります。

このようにB型肝炎は母子感染予防だけでは防ぎきれない事実があり、水平感染を視野に入れた感染防止対策が求められていました。今回のB型肝炎ワクチンの定期接種化はこの水平感染予防のための対策であります。ワクチンを接種することで、体の中にB型肝炎ウイルスに対する抗体(抵抗力、免疫)ができます。抗体ができることで、一過性の肝炎を予防できるだけでなく、キャリアになることも防ぐことができます。



 伝染性紅斑(リンゴ病)                  2016年3月

今年の大相撲三月場所(大阪場所)は昨日が千秋楽でした。エジプト人力士大砂嵐十両優勝をしました。彼はケガのため先場所を全て休場し、今場所は十両に陥落していました。場所前、思うような稽古がほとんどできなかったそうですが、その成績は13勝2敗でした。来場所は返り入幕し、活躍することと思います。その大砂嵐関は、1年前の平成27年三月場所が開かれる前に伝染性紅斑にかかりました。その新聞記事の切り抜きが残っていました。伝染性紅斑は通称リンゴ病と呼ばれる、主に子どもがかかる発疹症です。ふつうはとても軽い病気です。ところが、筋骨隆々、頑強な力士の彼が約1週間入院し、体重が15kgも落ちたと報じられていました。場所前、彼はまともに稽古を積めなかったので、「かち上げのパワーが出ないだろう」と考えたようです。そして、場所中は彼得意の“かち上げ”を封印し、“もろ手突き”を多用しました。それが功を奏し、1年前の3月場所も、病み上がりにしては11勝4敗の好成績を収めています。

このコーナーは『歳時記』ではありませんので、ここからは本来の病気の話にします。先に述べたように、伝染性紅斑は両頬が特徴的にりんごのように赤くなることから、一般にリンゴ病と言われています。原因はヒトパルボウイルスB19初感染です。国立感染症研究所のまとめによると、昨年1年間に全国約3000か所の小児科から報告された患者数は9万8500人と、過去10年で最も多くなっていました。今年に入っても、過去10年で最多の水準で推移しています。南予のこの地域でも、去年から流行が続いています。4~5年の周期で流行する傾向があります。
伝染性紅斑は、ウイルスを含む飛沫を吸い込んだり、ウイルスが付着した物に触れることによって感染します。1~2週間の潜伏期間ののち発熱、全身倦怠感、頭痛、筋肉痛などの症状(軽い)がみられ、さらに1週間経って両頬が赤く腫れる典型的な症状が現れます。感染力が最も強いのは、特有の発疹(紅斑)が出た時ではなく、その約1週間前のウイルス血症の時期(血液中にウイルスが多い時期)です。この時期には、口腔内や唾液にウイルスが多量に排泄されます。しかし、その頃から抗体がつくられ始め、しだいにウイルス血症は消退していきます。紅斑出現時の血液中にもウイルスは存在していますが、実際上の感染力はほとんどなくなっています
伝染性紅斑の発疹は顔面(頬)に始まり、次に四肢(伸側)、躯幹に出てきます。頬の紅斑は平手打ち様紅斑と表現されることがあります。上肢、下肢の発疹は融合傾向を有する網状またはレース状紅斑となります。発疹はだいたい7日から10日で消失します。2割弱の頻度で、発疹が一旦消失したのちに、日光や機械的刺激によって発疹が再出現することがあります。伝染性紅斑は1度かかると終生免疫が得られ、健常者は再感染はしないとされています。年長児や成人の患者では、紅斑出現時に手足の関節痛を訴えることがあります。また、紅斑が出現せず、関節痛だけ認めることもあります。患者の9割以上が9歳以下の子どもですが、成人の集団感染の事例も報告されています。とくに、妊婦がかかると深刻で、高い頻度で流産、死産をひき起こすことが知られています。

血液細胞は骨髄で造られますが、パルボウイルス B 19は骨髄の赤血球系の大元の細胞に強い親和性を有しています。このため、このウイルスの感染によって、一時的に赤血球の造血が止まってしまうことがあります。ふつうの人では末梢血の赤血球寿命が約120日あるため、ほとんど影響を受けません。しかし、溶血性貧血の患者さんなどでは赤血球寿命が極端に短いため、急激に無形成発作と呼ばれる重症の貧血を生ずることがあります。無形成発作時には、貧血以外に白血球減少や血小板減少を同時に認めることがあります。また、ヒトパルボウイルスB19が妊婦に感染し、さらにウイルスが胎内に移行し胎児に感染すると、貧血が生じます。その貧血が重度の場合は、胎児水腫という状態になります。

話がまた初めに戻るのですが、大砂嵐関はこのリンゴ病にかかって、どうしてあのような重い症状になったのでしょうか。新聞に、親方のコメントが出ていました。「(病院の)先生から、大人になって発症した場合、治るのに時間がかかると聞いている。」わかるような、わからないような。



 EBウイルス感染症、伝染性単核球症             2015年9月

EB(Epstein-Barr) ウイルス。聞きなれないウイルスの名前かもしれませんが、わが国では5歳児の約90%が、その年齢までにこのウイルスにかかっているとされています。EBウイルスにかかっても、たいていは、症状が出ない、あるいは軽いかぜ症状で終わってしまうため、この病気と気づかれていません。
しかし、初感染では、ときに、伝染性単核球症に進展します。この病気になると、発熱、咽頭痛、頚部リンパ節の腫れが出現します。典型的な例では、溶連菌性の扁桃炎に似た所見(扁桃腺の表面に膿のようなものが付く、軟口蓋に出血性の粘膜疹、いちご舌)を呈します。ほかにも、全身倦怠感、まぶたの浮腫、肝脾腫(肝臓や脾臓が大きくはれること)、発疹などの症状も現れます。扁桃肥大による呼吸障害、溶血性貧血、血球貪食(けっきゅうどんしょく)症候群、中枢神経合併症、間質性肺炎、気道狭窄、心筋炎などの重篤な合併症が稀に起こります。むしろ、年長児や成人の方が症状が強く出やすいようです。潜伏期は30〜50日間です。
血液検査では、白血球が増加し、とくに異型リンパ球が増加します。一般の外来診療では、この異型リンパ球がみられた時に、この病気を強く疑います。異型リンパ球は、個人医院での検査では判定できないので、外注検査で調べてもらうことになります。結果は1日で出ます。臨床の場では、多くの場合、EBウイルス特異的抗体価を測定して診断を確定させます。
伝染性単核球症は、一般に予後は良好で、多くは1〜2週間で治ります。特別な治療法はありません。安静と症状を和らげる対症療法が主となります。ウイルスの感染症ですから抗菌薬は無効であり、二次的に生じた細菌感染症を合併しない限り、抗菌薬の投与は必要ありません。ペニシリン系抗菌薬は、この病気にかかっている間は発疹を誘発するので、使わないことになっています。まれに、経過が遷延する例があります。合併症が生じた場合は、その重症度によって予後が異なります。



 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)                 2015年6月

婉曲的な表現を好む日本人には、この病名は少し直接的すぎる印象を持つのではないかと思います。これは英語の病名Attention-Deficit/ Hyperactivity-Disorderの訳です。その頭文字を取ったAD/HDが、医療関係者の中ではよく使われています。この病気(障害)の主な特徴は、不注意、多動性、衝動性です。これらの特徴のいくつかは小学校に入学する前からみられます。一般的に、子どもはある程度は、このような傾向があります。しかし、年齢に合わず不注意や落ちつきがないなどの行動が強く現れ、そのことによって学校での生活や友人との関係などに問題が生じている場合は、AD/HDの可能性があります。この障害をもつ子の頻度は5-6%で、性別では明らかに男児に多いです。近年、成人のAD/HDも少なくないことがわかってきました。また、AD/HDの子どもさんは、自閉症、アスペルガ―症候群、学習障害などの併存症をもつことがあります。

個々のケースで、目立つ特徴、症状はさまざまですが、一般的には次のような症状があります。「不注意」では、ものごとに集中できない、忘れ物が多い、テストでのケアレス・ミスが多くなる、勉強に遅れが出てきます。障害をもっていることがわかりにくいと、周りの人から厳しい対応をされる場合があります。このようなことが続くと、本人が劣等感をもつようになります。「多動性」「衝動性」では、落ちつきがない、じっとしていることができない、思いついた行動を唐突にとる、順番待ちができない、怒りっぽくなり反抗的な態度や攻撃的な行動を起こすことがあります。友だちとのつき合いがうまくいかず、友だちとのトラブルも多く、孤立するようになります。情緒面で不安定になります。多動性の症状は、多くの場合、成長とともに減少しますが、不注意の症状は継続することが多いです。年齢が上がって来ると、子ども自身がつらい思いをします。保護者の方の心配、悩みはさらに大きいと考えます。AD/HDは、保護者の育て方やしつけが悪いために起こるものではありません。

病気の概念、診断基準も変わりましたし、教育現場の対応も変化して来ていますので、今と昔を単純に比べることはできません。しかし、少子化が進み、各地で確実に子どもの数は減っているにもかかわらず、AD/HDの子どもは増えているようにみえます。自分なりにその理由を考えてみました。一つには、保育所にはいる子どもの数が年々増えています。小さいうちから保育所に入り、緩やかではありますがある程度規制のかかった集団生活をしています。注意されるような行動、言動が当然出てきます。我々が子どもの頃は、屋外の広々とした所で、きょうだいや近所の子らだけで自由に遊んでいました。少し変わった子がいても、誰誰ちゃんはこういう子なの、で済んでいました。保育園に行っている子は少なく、幼稚園には小学校に入る前の1、2年行くだけでした。また、今は、予防接種や乳幼児健診で病院に行く機会が昔よりはるかに多くなっています。就学前の子どもの医療費が自己負担なしになっているので、病気で病院に行くことも多くなっています。このように、子どもたちが園の関係者や医療関係者など近親者以外の眼で観察される機会が増えているため、障害が早い段階で見つかっているように思います。
二つ目には、AD/HDが社会で注目されるようになったことが挙げられます。行政、教育機関もAD/HD児の対応に力を入れています。2007年4月から特別支援教育が本格的に実施されて以来、発達障害全般に対する教育現場での意識はかなり高くなりました。保健婦さんらも勉強し、熱心に活動してくれています。新聞、テレビなどメディアで取り上げられる機会も増えました。これによって、お母様方が「うちの子はちょっと・・・」と言いやすくなってきました。周囲にいる人らも、その子の障害について話せる環境になってきました。めんどいことを言うお爺さんお婆さんが減って来ました。

本人を含め、常に誰かが困っている状況にあるAD/HDには、周囲の理解や支援が不可欠です。早期からの適切なサポートと治療によって改善が期待できます。落ちつきのなさ、多動、集中の困難な場合には、薬による治療も行われます。しかし、薬物療法はあくまで補助的な支援であり、主は家庭や学校における支援・指導です。多職種の専門家が、日頃から情報を共有して個人的につながっていることが望まれます。

当院での診療や種々の会合で、AD/HDの子どもさんを持つお母様方からの意見を聞くことがあります。「相談する所がわからない。わざとわからないようにしているのではないかと思うほど、相談窓口がわかりにくい。とくに行政の窓口」 「専門の医師が少ない」 「医師、看護師らが発達障害のことをわかっていない」 「専門医のいる療育機関を紹介してもらっても、初診まで数か月待ち」 「診断後も苦労は絶えず」 

社会全体で考えていかないことがまだまだ多そうです。 


 胃腸炎関連けいれん                 2015年2月

小児では、著しい脱水や電解質異常を伴わない軽症胃腸炎の経過中に、けいれんを起こすことがあります。乳幼児期にみられるけいれんの一つで、『軽症胃腸炎に伴うけいれん』と呼ばれています。下痢、嘔吐などの症状がとても軽く、注意深く問診、診察しないと、胃腸炎の存在がわからないことがあります。症例はそれほど多くはありませんが、毎年、ウイルス性胃腸炎が流行する冬季に何例かは経験します。1歳から3歳までの幼児に多く、1歳未満の乳児でみられることは比較的まれです。けいれんを起こすまでの経緯、けいれんのときの状況、その後の経過が特徴的なので、この病気の存在を知っておれば、診断は比較的容易です。

発作間欠期(発作のない時)の意識は清明です。けいれん発作は1回で終わらず、くり返し起こることが多いです。約75%の症例で、発作は2回以上起こったと報告されています。けいれん群発の期間は、多くが24時間以内で、長くても48時間以内です。主に、全身を硬くこわばらせ、手足をがくがく震わせるようなけいれんですが、意識低下や眼球偏位が主体のものや、右か左か片側だけのけいれんのこともあります。発作の持続時間はほとんどが5分以内で、重積(長く続く)することはほとんどありません。大泣きしたことで発作が誘発されることも本症の特徴の一つで、約4割の症例でその事実があったと報告されています。

脱水・電解質異常・低血糖症によるけいれん発作、急性脳症・脳炎、髄膜炎、てんかん、熱性けいれんなどが鑑別疾患に挙げられますが、この病気の場合、検査では異常を認めないことがほとんどです。むしろ、良性の病気なので、一般に、過剰な検査や治療は行われません。発作時に偶然、脳波がとれた症例では、脳の一部から異常波が出現しており、多くの場合、二次性全般化する焦点性発作であることが示されています。便の検査では、ロタウイルスをはじめ、ノロウイルスアデノウイルスなどが検出されることがありますが、特定のウイルスによってのみ発作が引き起こされるわけではありません。それらのウイルスが検出されたケースでは、ロタウイルス性胃腸炎に伴うけいれん、ノロウイルス性胃腸炎に伴うけいれん、というように診断されます。

熱性けいれんで用いられるジアゼパム坐剤(商品名:ダイアップ座薬)は、多くの場合、無効です。治療薬としては、カルバマゼピン(商品名:テグレトール)の有効性が高いことが知られています。通常、この薬剤を1回内服するだけでよいとされています。本症は悪い病気ではなく、短い経過で後遺症なく回復します。てんかんへの移行は起こらないと考えられています。


 ヒトメタニューモウイルス感染症              2014年12月

聞き慣れない名前かもしれませんが、小児の気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症をひきおこすウイルスの一つです。2001年に新たに同定されたウイルスで、RSウイルスとはウイルス分類上とかなり近い関係にあり、症状もよく似ています。母体から移行した抗体が消失する生後6か月くらいからかかる子が出てきます。よくかかるのは1〜3歳の幼児です。RSウイルスより初感染は遅い傾向にあります。小児の呼吸器感染症の5〜10 %がこのウイルスが原因だと考えられてています。ヒトメタニューモウイルス感染症は、RSウイルスと同様、乳幼児では重症化することがあり、わりとやっかいな病気です。 小児で細気管支炎を起こすウイルスとしては、RSウイルスに次いで重要なウイルスです。1回の感染では免疫が獲得できず、繰り返しかかっていくうちに徐々に免疫がついていきます。年長児になると、症状が軽くなる傾向があります。このウイルスは、RSウイルス感染症が減ってくる頃から出てきます。流行のピークは3月から6月です。

潜伏期間は4〜6日くらいです。多くの場合、高い熱が4〜5日続きます。咳や鼻水は1週間程度続きます。発病後だいたい1週間で症状は軽快しますが、どんどん悪化する場合もあります。そういう例では、ゼーゼー、ヒューヒュー音が聞こえる呼吸、多呼吸、呼吸困難などが起こります。喘息性気管支炎、細気管支炎、肺炎と診断されます。喘息児の急性増悪にこのウイルスが関係していると言われています。再感染を繰り返し、呼吸状態を悪化させます。
ヒトメタニューモウイルスは、先に述べたとおり、遺伝子構造もかかったときの症状もRSウイルスとよく似ていて、診察の所見だけでは診断できません。近年、綿棒を鼻に入れ鼻汁をとり、その中のウイルスの有無を調べる簡易検査キットが開発されました。

治療は、多くの場合、症状を和らげる対症療法が主になります。ヒトメタニューモウイルスに直接効く薬はありません。水分、睡眠をしっかりとり、ゆっくり休みましょう。無理して保育所などに行かせていると、この病気にまた別の病気が重なって、治りにくくなります。細菌感染症を合併すると、治療に抗菌薬が必要になります。重症化すると、入院して輸液や加湿、酸素投与などの治療が必要になります。これを見極めるため、われわれ小児科医は「薬がなくなる前にもう一度来て下さい」とか、「熱がひかなかったり、ひどい咳がよくならない時はまた受診して下さい」と言います。それを守って下さい。最近、愛媛県でも3か月未満の本症患児では重症例が多く出ています。

このウイルスは飛沫感染と接触感染でうつります。予防策としては、集団の中に子どもを連れて行かないことが一番良いのですが、保育所などに行っている子では難しいことです。狭い空間にたくさんの子どもがいる施設では、感染した児が一人入るだけで大勢の子に拡がります。実際に集団感染を起こしているのは保育園、幼稚園です。これはインフルエンザなんかでも同じことです。児本人、保育者の手洗いはとても大事です。


 機能性心雑音                        2014年9月

保育園、幼稚園、小学校の健診で、最もよくみる「異常」所見は扁桃肥大心雑音です。ただし、異常イコール病気ではありません。異常とは、字のごとく、常(つね)すなわち普通とは異なっている状態を言っているだけで、必ずしも病気と関係しているわけではありません。良い例が、身長や体重です。極端にに背が高くても、ほとんどの例で病気ではありません。非常に背が低くても、ほとんどは遺伝とか体質によるもので、何かの病気が原因になっていることはまれです。人の性格でも、「異常に気が短い人」は周りにわりといますが、ほとんどが病気で怒りっぽいくなっているわけではないです。これも親から譲り受けた性格や、身に付けた教養などが関与しています。扁桃肥大については、2012年1月に、この『こどもの病気』で触れました。

前置きが長くなりました。聴診をして心臓の音に雑音が聞こえても、心電図、胸部レントゲン、心臓のエコーなどの検査でどれも異常がなく、心臓の機能が正常に保たれている場合、機能性心雑音と診断されます。経過観察は不要です。本来、これは小児循環器の専門医が診断するものです。つまり、学校検診に来たお爺さん先生(時にはおいさん先生)が聴診だけして決める診断名ではありません。ただ、心臓の雑音の強さ(音の大きさ)、雑音が聞こえるタイミング(心臓の収縮期か拡張期か、あるいは全般的か)、雑音が最もよく聞こえる胸部の位置(最強点)、雑音の音色(高調音か低調音か)などで、大まかに見当はつきます。けれども、聴診だけでは機能性かどうか正確に判断することはできません。

医学用語のなかで、「機能性」の反対の意味で使われる用語としては、「器質性」があります。これは臓器、器官の形体、構造に異常があることを意味します。心臓の壁(中隔)に穴があいていて、そこを血液が流れてしまうために聞こえる雑音は、器質性心雑音となります。機能性障害、器質性障害のような用語は、医療においてよく使われます。


 子どもの糖尿病                      2014年7月

糖尿病には1型糖尿病2型糖尿病があります。血糖を下げる唯一のホルモンであるインスリンは、膵臓のランゲルハンス氏島と呼ばれる細胞集団の中のβ細胞(膵β細胞)で作られます。1型糖尿病は、この膵β細胞が破壊され、インスリンをつくることができなくなるために発症する糖尿病です。その主な破壊メカニズムは自己免疫反応(リンパ球が自分自身の細胞を誤って攻撃してしまう)です。一方、2型糖尿病はインスリンの作用不足によって起こります。その原因は、膵β細胞におけるインスリン分泌の低下とインスリンの標的組織である骨格筋、肝臓などにおけるインスリン抵抗性(インスリンの効きが悪い)によると考えられています。ふつうに糖尿病と言えば、この2型糖尿病のことを指します。日本人の患者さんの90%以上がこのタイプです。
これ以外にも、この病気はいろいろな分類、呼ばれ方をされてきました。発症年齢で分けて若年型糖尿病と成人型糖尿病、治療にインスリン注射が不可欠かどうかで分けてインスリン依存型糖尿病とインスリン非依存型糖尿病。詳しい説明は省略しますが、1型、若年型、インスリン依存型糖尿病はほぼ同義語で、2型、成人型、インスリン非依存型糖尿病がもう一つの同義語となっていました。

確かに一昔前は、小児糖尿病と言えば、急激な発症経過をたどり、発見時に著しい高血糖と脱水、高ケトン血症、アシドーシス(血液中の酸と塩基の平衡が乱れて、酸性に傾いた状態)を呈する1型糖尿病を指すものでした。治療には、診断時からインスリン注射が不可欠でした。一方、2型糖尿病は以前は小児にはまれと考えられていました。白人小児においては今もそうであります。しかし、わが国では1980年代から肥満を伴う小児の2型糖尿病が増加し、また1990年代に始まった学校検尿での尿糖検査の開始によって、肥満を伴わない2型糖尿病が発見される機会も増えました。近年の小児糖尿病の疫学調査では、2型糖尿病の発症率は1型糖尿病のそれを上回っています。これがわが国の小児糖尿病の特徴の一つです。小児2型糖尿病の増加には、食生活の欧米化や運動不足などのライフ・スタイルの変化により肥満小児が増えているという社会的背景とともに、人種的に日本人が2型糖尿病を発症しやすいという遺伝的背景が関与していると考えられています。成人でも小児でも、2型糖尿病では診断時に臨床症状がない症例が大部分を占めます。

わが国の小児1型糖尿病の発症率、有病率は、世界各国のそれらと比較すると、かなり低いところに位置しています。欧米白人の1/10から1/20くらいです。この事実は民族的には喜ばしいことですが、患者さん個々の立場に立つと、少ないが故に、奇異な目でみられたり、さまざまな社会的不利益を被ることがあります。治療についてもそうです。日本の小児1型糖尿病の長期予後はよくありませんでした。青年期、壮年期での糖尿病合併症による死亡、網膜症による失明、腎症による透析治療などが、他の先進国に比べて高い頻度となっていました。しかし、近年、改善されつつあります。専門医による小児期からの適切な治療、チーム医療による十分な患者教育の成果だと思います。小児2型糖尿病の予後もよくありませんでした。このタイプの糖尿病では、正しい生活習慣を身に着けさせることが大切です。しかし、言うは易く、行うは難しです。また、家庭内や学校でのトラブルによる精神心理的問題が絡んでいることがあります。医療従事者、家族、学校関係者らが協力して、血糖コントロールのみならず患者の心理的安定や社会適応性を高める努力も必要です。

昔、東京の八王子の研究施設に行っていたときのことです。30歳前の若いときです。その施設内の自動販売機の前で、缶コーヒーを飲んでたばこを吸って休憩をしていると、そこでよく会う掃除のおばちゃんが寄って来て、「兄ちゃんは何処から来たの。何の実験しているの。」と聞かれました。「愛媛から来たんよ。子どもの糖尿病の研究をしよんるんよ。」と答えました。そうすると、このおばちゃんが「あー、愛媛の子はよくみかんを食べるから。しかし、そんな遠い所から来て大変ね。私は佐世保よ。」 「・・・」 本県の小児糖尿病の子らの原因が、決してみかんのせいではないことだけは言っておきます。


 Hib(ヒブ)・肺炎球菌ワクチンはなぜ2か月から始めるか  2014年4月

Hib(ヒブ)も肺炎球菌もどこにでもいるありふれた菌です。小児は誰でも感染する可能性があります。とくに、小さいうちから保育所に入り集団生活をする子どもさんでは、高い頻度で感染します。これらの菌による重い病気には、多くが0歳〜2歳にかかっています。ピークは1歳代です。近年、これらの菌では抗菌薬(抗生物質)の効かない耐性菌が増えています。乳児期早期からワクチンを受ける理由の一つは、治療が難しくなってくるから、かかる前にワクチンで予防することです。
Hib・肺炎球菌ワクチンは、子どもの命にかかわる重い病気を予防します。ここでいう重い病気とは、細菌性髄膜炎、菌血症、肺炎などをさします。それ以外にも、これらの菌では中耳炎、副鼻腔炎、骨髄炎、関節炎を起こします。米国では、すでに2000年から肺炎球菌ワクチンを定期接種にしており、重い病気が98%も減少しました。
細菌性髄膜炎は最も恐ろしい病気です。診断がつきにくく、治療が難しく、かかると3人に1人が亡くなるか、重い後遺症(水頭症、発達の遅れ、聴力障害、知的障害)を残します。日本での細菌性髄膜炎の原因菌は80から90%がHibと肺炎球菌です。これら2つのワクチンで防げる病気です。細菌性髄膜炎のほとんどが5歳未満で発症し、0歳児が半数を占めます。これが二つ目の理由になります。
生後2か月からHib・肺炎球菌ワクチンを受けて、乳児期に免疫をつけておくことは、重い病気を予防するうえでとても大切です。



 ホルモンとは                         2014年2月

30年以上前の話です。「あんたら医大の学生さんやのにそれも知らんの。これじゃがね、これ。」 目が点になりました。友達と2人で医学部の近くの焼肉屋に行き、「ホルモンてなんやろな」と話していた時のことです。飛び散った脂で畳までヌルヌルで、今ならきっと座らないであろう汚れた座布団がありました。お世辞にもきれいとは言えない所でしたが、わりと行っていました。かしわとバラ一人前ずつとご飯大盛を注文していました。肉がすぐなくなり、あとはご飯にタレをかけて食べていました。当時はまだよくいた質素(貧乏)な学生の姿でした。

本題に入ります。生体の機能が円滑に作動するためには、体を構成している臓器や細胞の複雑な機能がきちんと統合されて働かなくてはなりません。臓器間、細胞間で密接な情報の伝達が行われ、互いに連携をとりながら機能を発揮していく必要があります。この情報伝達の任を果たすのが、内分泌系神経系、さらには免疫系であります。内分泌系は、内分泌腺(せん)細胞でホルモンをつくり、それを細胞の外に出して、生体の機能を調節するシステムです。成長・発育、生殖、エネルギーの産生と貯蔵、内的・外的ストレスに対する適応、ホメオスターシス(恒常性と訳され、体の内部環境を一定の状態に保ち続けようとする性質)の維持など、生体には多くの内分泌系による調節機能が働いています。
ホルモンという用語は1世紀前(1902年)に、イギリスの生理学者スターリングとベイリスによって提唱されました。医学の進歩に伴い、今は少しややこしくなっていますが、長く受け入れられてきたホルモンの概念は、1)ホルモンはエネルギー源や体の構成成分としては利用されることなく、2)生体の機能を調節・統御することを目的として、内分泌腺または内分泌組織で合成される生物活性物質であり、3)血液中に分泌され血流によって運搬され遠隔の臓器に作用する、というものです。ここでいう内分泌腺に当てはまる器官は、下垂体、視床下部、甲状腺、副甲状腺、膵臓、副腎、性腺などです。一つ例を挙げますと、糖尿病に関係するホルモンのインスリンは膵臓でつくられます。それが血液中に入り運ばれ、肝臓や筋肉の細胞に作用して血糖を下げます。

近年になって細胞間の情報伝達のメカニズムが詳細にわかるようになり、ホルモンの概念は拡大変化しつつあります。ホルモンを分泌する器官についても、上記の古典的な内分泌腺のほかに、現在では心臓、腎臓、脂肪組織、血管内皮などがホルモンを産生し分泌することがわかっています。脳内で分泌されるホルモンは神経伝達物質としての役割を果たし、またある種のホルモンは免疫系の調節因子として働いています。このような事実は、ホルモンと他の生物活性物質との区別を難しくしています。今では、内分泌系と神経系、免疫系は互いに独立したものではなく、重なり合った領域が存在すると考えられています。

冒頭の焼肉のホルモンの続きですが、一般にホルモン焼きと言えば腸の料理をさすことが多いです。ホルモン焼きを有名にしたのは、漫画 『じゃりン子チエ』ではないかと思います。雑誌『漫画アクション』に昭和53年から19年間連載されました。テレビアニメ化もされました。大阪西成区を舞台に、ホルモン焼き屋を切り盛りする元気な女の子「チエ」と、周囲の個性豊かな登場人物たちの話です。家の看板に大きく「ホルモン」と書いています。ぶら下がっている提灯にも「ホルモン」の文字が入っています。インパクトが大きかったです。私はこの漫画が好きでしたが、これによって本来のホルモンの意味がわかりにくくなったかな、という気がしています。


2009年、2010年、2011年 こどもの病気 

2012年、2013年 こどもの病気 


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