小児の片頭痛についてもう少し述べます。
小児の片頭痛の特徴は、 左右両側性のことが多く(90%)、前頭部を痛がります。持続時間が短く、半数以上が4時間以内です。これに対し、成人の片頭痛は片側性が多く、持続時間は4時間以上と長いです。小児の患者では、前兆を伴わないことが多く、突然痛くなります。また、痛みは拍動感に乏しく、特に男子は疝痛発作で「すごく痛い」としか言わないことが多いです。
片頭痛は緊張性頭痛との鑑別が大事ですが、両者の鑑別が難しいことがあります。小児の患者では緊張性頭痛と似た例が多く、また緊張性頭痛との合併もよくみられます。一般に、温めると悪化する、あるいはちょっと動くだけで痛みが増すような頭痛は片頭痛です。
小児の片頭痛患者でみられる症状では、吐き気・嘔吐(90%)が多いです。小児の片頭痛ではとにかくよく吐きます。それ以外の症状とその頻度は、光過敏・音過敏(20-40%)、めまい(40%)、耳鳴り(20-30%)、前兆(30%)などです。
次に、小児の片頭痛の予後についてです。患児の6〜8割は発作が起こらなくなります。慢性化しやすい因子としては、1)女児、2)発症年齢が低い(6歳以下)、3)発作が頻回に起こる例、などが挙げられます。
片頭痛の子を持つ母親がしばしば「小さいときは吐きやすかった」と話します。周期性嘔吐症の子どもの約4割が片頭痛に移行すると言われています。片頭痛の合併症として特に小児で重要な病気は、気管支喘息、花粉症、副鼻腔炎、甲状腺機能障害などです。 片頭痛と気管支喘息発作が合併する率が高いことが報告されています。
頭痛発作時の対処の仕方については、頭痛発作時には、暗くて静かな部屋で安静にします。周囲からの刺激(騒音や臭いなど)がなるべく少なくなるよう心がけます。体を横にすると、痛みの拍動感が強くなることがあるので、患児が好む姿勢を見つけて、その姿勢をとらせます。
生活面ではストレスを溜めず、発散することが大事です。脳の視覚野の過敏性を増すスマートフォンやゲーム機器の光への暴露は控えさせます。睡眠リズムや急激な血糖値の変化も片頭痛に影響します。生活習慣が不規則にならないよう注意が必要です。血糖値の低下による片頭痛誘発が学校の給食前や部活中にみられる場合は、その対策が必要になります。学校での席は、片頭痛児には廊下側の方がよいです。
小児の片頭痛の治療は、非薬物療法(薬を使うこと以外の治療)が軸になります。急性期の治療の第一選択薬は、小児ではアセトアミノフェン(カロナール)とイブプロフェン(ブルフェン)です。これらの薬で症状が抑えられない場合は、トリプタン製剤が使用されます。
園児や小学校低学年の子が頭痛を訴えて来院するケースがわりとあります。近年、少しずつ増えてきたように思います。今回は頭痛とくに片頭痛を中心に述べてまいります。
成人の片頭痛の年間有病率は8.4%で、20歳から40歳代の女性に多いとされています。また、関東 の人では35%、東北7%、北海道 4%と、国内での地域差がみられます。さらに、ドイツ 25%、韓国 20%、米国
11%と、国・人種間でも差があります。世界的にみた小児の片頭痛の累計頻度は、3-7歳で3%、7-11歳で4-11%、11-15歳で8-23%です。日本では中学生4.8%(男
3.3、女 6.5)、高校生15.6%(男 13.7、女 17.5)で、高校生になると急に数が増えてきます。
片頭痛の典型的な前兆は、初めになんとなく目がチカチカしてきて、次に視野が真ん中から抜けるような感じ、あるいは視野がだんだん狭まってきます。前兆が現れると、患者さんは「あー、また頭痛が来る」と不安になります。視覚性の前兆以外にも、感覚が鈍くなる、しびれる、言葉が話しにくいなどの症状もあります。前兆は一般に5-30分で消失します。
片頭痛にはアロディニア(異痛症)という現象があります。多いのは頭部アロディニアで、顔に風が当たると痛い、髪の毛をちょっと触るだけでピリピリする、眼鏡をかけているとすごく嫌な感じになる、などがあります。頭部外のアロディニアとしては、手足のしびれ感、ベルトがきつく感じる、布団が体に触れても不快になる、などがあります。アロディニアは片頭痛発症後20〜30分して起こることが多く、片頭痛患者さんの50〜80%にみられます。片頭痛の治療としては、痛みを感じたあと、このアロディニアが出る前に薬を内服することが大事です。
片頭痛の症状は個々の患者さんで共通する点が多いのですが、原因は多岐にわたります。遺伝性もあります。現在、この病気の病因として有力な説は三叉神経血管説です。短くキーワードだけ並べますと、ストレス、血小板からのセロトニン(血管収縮物質)の放出、脳血管の収縮、次いでセロトニンの枯渇、逆の脳血管の異常拡張、脳血管壁に存在する三叉神経終末からの神経炎症タンパクの放出、脳血管壁の炎症の悪化、これらの刺激が三叉神経核を介して大脳皮質に伝播される。この一連の流れによって片頭痛の痛みが生じます。
このように、片頭痛はただの「頭イタ」ではなく、根底に、脳の神経、血管に異常な興奮状態、炎症が起きている頭痛です。保護者や学校関係者がこのことを理解することは、片頭痛で苦しむ子どもをサポートするうえでとても重要です。
麻疹(はしか)、風疹などわれわれの世代がかかった病気は、ワクチンの普及、予防接種率の向上とともに患者数は激減しました。もう無くなる病気と思っていました。ところが、近年増えてきています。つい先日発表されたデータでは、今年になってから5月末までの麻疹の報告数は、すでに昨年1年間の報告数の2倍になっています。風疹についても、昨夏から患者が増え始め、年をまたいで流行が続いています。
百日咳も同様です。以前の3種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)によって患者数は、著しく減少していました。しかし近年、大学生の集団感染や若い成人層の患者の増加がみられ、新聞等でも報道されています。医学的には、成人の百日咳の抗体価が低下していることが問題でした。
この状況を受けて、百日咳は昨年1月から全数把握疾患になりました。2018年1年間の報告数は約12000例でした。多いです。この数は麻疹・風疹の比ではないです。当院でも今年1月から2月にかけて、6例(園児、小学生、中学生)の百日咳発生届を保健所に送りました。これらの患者さんは全員きちんと3種混合ワクチンを受けていました。ちなみに、今は4種混合ワクチン(不活化ポリオが加わった)になっています。百日咳の抗体がすでに小児期に低下しているのではないかと、心配します。
百日咳は百日咳菌によって起こる呼吸器疾患です。飛沫感染し、潜伏期間は7~21日、通常10日前後です。鼻汁、咳などふつうのかぜ症状で始まりますが、徐々に咳がひどくなり、百日咳特有の咳になってきます。典型的な症状としては、顔を真っ赤にしてコンコン激しく咳き込む(スタッカート)、最後にヒューと音を立てて息を吸う発作(ウープ)、このような咳の発作が繰り返し起こる(レプリーゼ)、顔面の紅潮、まぶたの浮腫、眼球結膜の充血(百日咳顔貌)などがあります。
しかし、ワクチンを接種した小児や成人ではこのような典型的な症状が現れず、持続する咳だけが所見としてみられることも多いです。このため、百日咳の診断が遅れたり、見落とされることがあります。ワクチン未接種の子どもへの感染源となる可能性があります。百日咳は乳児(とくに新生児や乳児期早期)がかかると重症化しやすいです。肺炎や脳炎を合併し、まれに致死的となります。百日咳が流行して、最も困るのは、実はこの点なのです。
百日咳には、カタル期(1〜2週間)、痙咳期(4〜6週間)、回復期(2〜3週間)があります。カタル期から有効な抗菌薬を服用すると、咳発作を軽減できます。しかし、この時期には百日咳特有の症状はまだみられません。痙咳期に入ると、治療をしても症状の改善効果は低いです。しかし、有効な抗菌薬投与後は、5日で感染性はなくなります。
現在、百日咳の確定診断は、ほとんどがLAMP法による核酸検出で行われています。連休がなければ、数日で結果が出ます(今、日本は連休だらけで)。
青年・成人の百日咳が増加し、重症化しやすい乳児期への感染源になっていることへの対策がなされないといけません。学童期、成人への百日咳ワクチンの追加接種等が検討されています。
7月の西日本豪雨により、大洲は大きな被害を受けました。多少その影響もあって、前回から間隔が開いてしまいました(言い訳です)。他の国なら、今回のような大災害のあとは、住民が疲労やストレスで体調を崩し、また衛生状況も悪化して、いろいろな伝染病が流行します。とくに子どもの病気が増えます。しかし、そうならないのがこの国のすごいところです。日本人はもっと自分の国に誇りを持っていいと思います。
話を本題に戻します。日本脳炎は、コガタアカイエカが媒介する日本脳炎ウイルスの感染によって起こる急性の脳炎です。このウイルスに感染しても症状が現れないケースがほとんどです。しかし、発病した場合は、症状が出た時点ですでにウイルスが脳内に侵入し、脳細胞を破壊しています。発病者の20~40%が亡くなり、たとえ命が助かっても45~70%に精神神経障害などの重い後遺症が残ります。
我が国では1924年に6000人以上が日本脳炎に罹患し、うち60%以上が死亡するという大流行が起こりました。1960年代までは、年間数千人の患者数が報告されていました。その後、ワクチン接種の開始や、水田環境の変化・居住地の衛生状況の改善に伴う蚊の減少等により、患者数が激減しました。今では国内の患者数は年間10人未満で推移しています。しかし、周辺のアジア諸国ではこの病気は今日でも多く発生しています。毎年3万5千~5万人の患者が発生し、1万~1万5千人が死亡していると推定されています。まだまだ、注意が必要な感染症です。
日本脳炎は人から人への感染はありません。ウイルスはブタの体内で増殖し、そのブタを刺した蚊がヒトを刺すことで感染が広がります。 現在、国内の患者数は少ないのですが、ウイルスの増幅動物であるブタの感染状況をみると、夏頃から西日本を中心に広い地域で感染が確認されます。この病気のウイルスは身近に存在していると言えます。患者数が減っても、潜在的な脅威は消えたわけではありません。
日本脳炎に特異的な治療法はなく、予防が大切です。死亡率が高く、神経後遺症が残るリスクの高さからも、ワクチンの接種は大事です。ワクチン接種により、日本脳炎にかかるリスクを75~95%減らすと報告されています。
ジカ熱(ジカウイルス感染症)はデング熱と同様、ネッタイシマカがウイルスを媒介します。この病気は、2015年からブラジルなど30以上の国と地域で流行しています。感染すると、発熱や目の充血、発疹などの症状が現れます。症状は比較的軽くて、2~7日続いて治ります。感染しても症状がないか、症状が軽くて気づかないことも多いです。
しかし、妊娠中の女性は注意が必要です。母子感染により新生児が小頭症などの先天異常をきたします(先天性ジカウイルス感染症)。ブラジルでは、頭が十分に発育しないまま生まれる小頭症の赤ちゃんが急増しました。原因は、母体に感染したジカウイルスが、胎盤を通じて児に感染し、ウイルスによって脳細胞が破壊されるためです。また、ジカウイルスは泌尿生殖器系からよく検出されることが知られています。ジカウイルスに対して有効な抗ウイルス薬はなく、症状に応じた対症療法が行われます。
先に述べたように、蚊は最もたくさんの人間を死に至らしめる生き物です。今の日本においては、蚊媒介感染症の発生数は必ずしも多くありません。しかし、外国と日本の人の行き来はどんどん盛んになっており、今後さらに増えることが予想されています。蚊媒介感染症がいつ日本に侵入してきても不思議ではない状況です。近隣の東南アジア、南アジアは蚊媒介感染症が猛威を振るっている地域であり、無関心でいると危険です。
多くの蚊媒介感染症は一旦かかると有効な治療法がなく、重症化するケースが多いです。蚊に刺されないことしか予防法がないとういうのが実情です。海外の流行地に出かける際は、長袖、長ズボンを着用し、虫よけスプレーをこまめに使用するなどの対策が必要です。
4年前の2014年の夏、70年ぶりにデング熱が国内で発生しました。この病気の原因ウイルスを人から人へと運んだのは、蚊でした。東京の代々木公園に端を発して国内に広がったため、大きく報道されました。その次の年の2015年、リオデジャネイロ五輪をひかえたブラジルで、小頭症の児がたくさん生まれました。これはジカ熱という病気が原因でした。ジカ熱はその後も中南米などで大流行しました。この病気の原因ウイルスを運んだのも蚊でした。
この2つの病気が知られるようになるまでは、われわれ日本人が蚊媒介感染症といわれて思い浮かんだのは、マラリアと日本脳炎くらいだったと思います。そして、それらはめったにかかることのない、あまり気にする必要のない病気という認識だったかもしれません。しかし、世界では毎年膨大な数の人間が蚊媒介感染症に罹患しています。全人口の約10%ともいわれています。蚊が媒介する感染症には、上記以外にもウエストナイル熱、黄熱、チクングニア熱などがあります。
グローバル化の時代にあって、蚊媒介感染症の世界規模での拡散が懸念されています。人や物が高速で世界中を活発に行き交う今日、これらの病気がいつ日本に侵入しても不思議ではない状況です。無関心でいることは危険です。これらの病気は一旦かかると有効な治療法がなく、重症化するケースも多いです。
蚊は世界中で約3500種類が報告されており、種類によって媒介する病気が異なります。ちなみに、日本には130種の蚊が生息し、うち約10種が吸血の際に病気の原因となるウイルスを媒介します。
蚊媒介感染症の代表であるマラリアは罹患者数、死亡者数の多さから長年にわたり世界的な問題となっており、その根絶はWHOの重要な仕事の一つになっています。マラリアは、ハマダラカという蚊が媒介します。2015年1年間の全世界のマラリア患者数は2億1400万人、死者数は43万8千人と推定されています。今なお、子どもを中心に50秒に1人がマラリアで死んでいる計算になります。最も問題となるのは熱帯熱マラリアです。発症してから24時間以内に治療を開始しないと重症化するリスクが高まります。5日以内に適切な治療を開始しなければ死亡することがある怖い病気です。
あまり知られていませんが、かつて日本にも土着のマラリアが存在しました。それは瘧(おこり)と呼ばれていました。一休宗純(一休さん)、平清盛はこのマラリアで死亡したと考えられています。坂本龍馬は薩長同盟実現のため奔走するさなかに発症しました。北海道で1000人を超す患者が出たという記録もあるそうです。現在では、この土着マラリアはなくなっていますが、海外から帰国した人が感染していた例(いわゆる輸入感染症)が年間100例以上あります。
デング熱はデングウイルスが蚊によって媒介されるウイルス感染症です。主にネッタイシマカが媒介しますが、日本に生息するヤブ蚊の一種ヒトスジシマカも媒介します。これらデングウイルスを媒介する蚊は熱帯や亜熱帯に生息しますが、温暖化の影響などで生息域が拡大しています。
2014年に東京都を中心に多数の感染例が確認されました。発生動向調査に報告された341例中、179例が輸入感染例で162例が国内感染例でした。幸いなことに、日本では冬の平均気温が蚊の活動可能気温である21℃を下回るため、感染の連鎖が途切れ、爆発的な流行には至らないと考えられています。WHO(世界保健機関)の推計では、デング熱の全世界の患者は年間4億人近くに達するとされています。中国の南部、台湾、インドネシア、マレーシアなどの日本人が多く渡航する国々で猛威をふるっています。衛生的と考えられるシンガポールでも流行をくり返されています。
デングウイルスは1から4型の4種類あり、うち1型が最も流行しています。2型の毒性が強いとされています。9割程度が不顕性感染ですが、2回目の感染が起こると症状が重くなる傾向があります。デング熱は、感染後3~7日の潜伏期間を経て、突然の高熱で発症します。発熱はしばしば二峰性を示します。症状として、発疹、筋肉痛、関節痛などがみられます。発病後数日で血小板と白血球が著しく減少し、しばしば肝機能障害をきたします。 続きは次回(最後)に。
大富豪として知られるマイクロソフトの創業者・会長のビル・ゲイツ氏と妻メリンダさんは、2000年にビル&メリンダ・ゲイツ財団を創設しました。世界最大の慈善基金団体です。この財団がまとめた興味ある統計を、2014年にビル・ゲイツ氏が自身のブログで公表しました。『世界の殺し屋の動物たちー1年間に動物に殺される人間の数』です。
結論から言いますと、最も多く人を殺している動物は蚊です。それも圧倒的に多い数です。サメ、オオカミは10人、ライオンやゾウは100人、ワニは1000人、回虫 2500人、ツエツエバエ 1万人、犬
2万5千人、ヘビ 5万人などに対し、蚊は72万5千人でした。ちなみに、人間は47万5千人(戦争など武力行使以外の殺人)でした。蚊が媒介する伝染病の死亡者数は、他の怖そうな動物や人間による死者数を全部足したものより10万人以上多くなっています。
2016年に改訂版が公表されました。その中には、クラゲ 40人、トラ 50人、ハチ 60人、サソリ 3500人などの死亡者数が新たに書き加えられました。蚊は83万人で、人間の58万人を大きく上回り、やはり「一番凶暴な生き物」でした。獰猛(どうもう)な動物による死者の数が案外少ないことがわかります。サメ、トラ、ライオンによる死者数はカバ(500人)のそれより少ないです。
蚊に刺されて死亡する代表的な病気はマラリアです。マラリア原虫を保有しているハマダラカ属の蚊に刺されて感染します。WHOのマラリアレポートによると、世界で年間約2億人が感染し、約45万人が亡くなっています。蚊が媒介する感染症には、この他、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱、日本脳炎、ウエストナイル熱、黄熱などがあります。これらの中で、ワクチンがあるのは日本脳炎と黄熱だけです。
近年、海外で感染する輸入感染症例が増加傾向にあります。また、地球温暖化によってウイルスを媒介する蚊の生息域が拡大しているという問題もあります。このあと2回にわたって、蚊媒介感染症について述べていきます。
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