聞き慣れない名前かもしれませんが、小児の気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症をひきおこすウイルスの一つです。2001年に新たに同定されたウイルスで、RSウイルスとはウイルス分類上とかなり近い関係にあり、症状もよく似ています。母体から移行した抗体が消失する生後6か月くらいからかかる子が出てきます。よくかかるのは1〜3歳の幼児です。RSウイルスより初感染は遅い傾向にあります。小児の呼吸器感染症の5〜10 %がこのウイルスが原因だと考えられてています。ヒトメタニューモウイルス感染症は、RSウイルスと同様、乳幼児では重症化することがあり、わりとやっかいな病気です。 小児で細気管支炎を起こすウイルスとしては、RSウイルスに次いで重要なウイルスです。1回の感染では免疫が獲得できず、繰り返しかかっていくうちに徐々に免疫がついていきます。年長児になると、症状が軽くなる傾向があります。このウイルスは、RSウイルス感染症が減ってくる頃から出てきます。流行のピークは3月から6月です。
潜伏期間は4〜6日くらいです。多くの場合、高い熱が4〜5日続きます。咳や鼻水は1週間程度続きます。発病後だいたい1週間で症状は軽快しますが、どんどん悪化する場合もあります。そういう例では、ゼーゼー、ヒューヒュー音が聞こえる呼吸、多呼吸、呼吸困難などが起こります。喘息性気管支炎、細気管支炎、肺炎と診断されます。喘息児の急性増悪にこのウイルスが関係していると言われています。再感染を繰り返し、呼吸状態を悪化させます。
ヒトメタニューモウイルスは、先に述べたとおり、遺伝子構造もかかったときの症状もRSウイルスとよく似ていて、診察の所見だけでは診断できません。近年、綿棒を鼻に入れ鼻汁をとり、その中のウイルスの有無を調べる簡易検査キットが開発されました。
治療は、多くの場合、症状を和らげる対症療法が主になります。ヒトメタニューモウイルスに直接効く薬はありません。水分、睡眠をしっかりとり、ゆっくり休みましょう。無理して保育所などに行かせていると、この病気にまた別の病気が重なって、治りにくくなります。細菌感染症を合併すると、治療に抗菌薬が必要になります。重症化すると、入院して輸液や加湿、酸素投与などの治療が必要になります。これを見極めるため、われわれ小児科医は「薬がなくなる前にもう一度来て下さい」とか、「熱がひかなかったり、ひどい咳がよくならない時はまた受診して下さい」と言います。それを守って下さい。最近、愛媛県でも3か月未満の本症患児では重症例が多く出ています。
このウイルスは飛沫感染と接触感染でうつります。予防策としては、集団の中に子どもを連れて行かないことが一番良いのですが、保育所などに行っている子では難しいことです。狭い空間にたくさんの子どもがいる施設では、感染した児が一人入るだけで大勢の子に拡がります。実際に集団感染を起こしているのは保育園、幼稚園です。これはインフルエンザなんかでも同じことです。児本人、保育者の手洗いはとても大事です。
保育園、幼稚園、小学校の健診で、最もよくみる「異常」所見は扁桃肥大と心雑音です。ただし、異常イコール病気ではありません。異常とは、字のごとく、常(つね)すなわち普通とは異なっている状態を言っているだけで、必ずしも病気と関係しているわけではありません。良い例が、身長や体重です。極端にに背が高くても、ほとんどの例で病気ではありません。非常に背が低くても、ほとんどは遺伝とか体質によるもので、何かの病気が原因になっていることはまれです。人の性格でも、「異常に気が短い人」は周りにわりといますが、ほとんどが病気で怒りっぽいくなっているわけではないです。これも親から譲り受けた性格や、身に付けた教養などが関与しています。扁桃肥大については、2012年1月に、この『こどもの病気』で触れました。
前置きが長くなりました。聴診をして心臓の音に雑音が聞こえても、心電図、胸部レントゲン、心臓のエコーなどの検査でどれも異常がなく、心臓の機能が正常に保たれている場合、機能性心雑音と診断されます。経過観察は不要です。本来、これは小児循環器の専門医が診断するものです。つまり、学校検診に来たお爺さん先生(時にはおいさん先生)が聴診だけして決める診断名ではありません。ただ、心臓の雑音の強さ(音の大きさ)、雑音が聞こえるタイミング(心臓の収縮期か拡張期か、あるいは全般的か)、雑音が最もよく聞こえる胸部の位置(最強点)、雑音の音色(高調音か低調音か)などで、大まかに見当はつきます。けれども、聴診だけでは機能性かどうか正確に判断することはできません。
医学用語のなかで、「機能性」の反対の意味で使われる用語としては、「器質性」があります。これは臓器、器官の形体、構造に異常があることを意味します。心臓の壁(中隔)に穴があいていて、そこを血液が流れてしまうために聞こえる雑音は、器質性心雑音となります。機能性障害、器質性障害のような用語は、医療においてよく使われます。
糖尿病には1型糖尿病と2型糖尿病があります。血糖を下げる唯一のホルモンであるインスリンは、膵臓のランゲルハンス氏島と呼ばれる細胞集団の中のβ細胞(膵β細胞)で作られます。1型糖尿病は、この膵β細胞が破壊され、インスリンをつくることができなくなるために発症する糖尿病です。その主な破壊メカニズムは自己免疫反応(リンパ球が自分自身の細胞を誤って攻撃してしまう)です。一方、2型糖尿病はインスリンの作用不足によって起こります。その原因は、膵β細胞におけるインスリン分泌の低下とインスリンの標的組織である骨格筋、肝臓などにおけるインスリン抵抗性(インスリンの効きが悪い)によると考えられています。ふつうに糖尿病と言えば、この2型糖尿病のことを指します。日本人の患者さんの90%以上がこのタイプです。
これ以外にも、この病気はいろいろな分類、呼ばれ方をされてきました。発症年齢で分けて若年型糖尿病と成人型糖尿病、治療にインスリン注射が不可欠かどうかで分けてインスリン依存型糖尿病とインスリン非依存型糖尿病。詳しい説明は省略しますが、1型、若年型、インスリン依存型糖尿病はほぼ同義語で、2型、成人型、インスリン非依存型糖尿病がもう一つの同義語となっていました。
確かに一昔前は、小児糖尿病と言えば、急激な発症経過をたどり、発見時に著しい高血糖と脱水、高ケトン血症、アシドーシス(血液中の酸と塩基の平衡が乱れて、酸性に傾いた状態)を呈する1型糖尿病を指すものでした。治療には、診断時からインスリン注射が不可欠でした。一方、2型糖尿病は以前は小児にはまれと考えられていました。白人小児においては今もそうであります。しかし、わが国では1980年代から肥満を伴う小児の2型糖尿病が増加し、また1990年代に始まった学校検尿での尿糖検査の開始によって、肥満を伴わない2型糖尿病が発見される機会も増えました。近年の小児糖尿病の疫学調査では、2型糖尿病の発症率は1型糖尿病のそれを上回っています。これがわが国の小児糖尿病の特徴の一つです。小児2型糖尿病の増加には、食生活の欧米化や運動不足などのライフ・スタイルの変化により肥満小児が増えているという社会的背景とともに、人種的に日本人が2型糖尿病を発症しやすいという遺伝的背景が関与していると考えられています。成人でも小児でも、2型糖尿病では診断時に臨床症状がない症例が大部分を占めます。
わが国の小児1型糖尿病の発症率、有病率は、世界各国のそれらと比較すると、かなり低いところに位置しています。欧米白人の1/10から1/20くらいです。この事実は民族的には喜ばしいことですが、患者さん個々の立場に立つと、少ないが故に、奇異な目でみられたり、さまざまな社会的不利益を被ることがあります。治療についてもそうです。日本の小児1型糖尿病の長期予後はよくありませんでした。青年期、壮年期での糖尿病合併症による死亡、網膜症による失明、腎症による透析治療などが、他の先進国に比べて高い頻度となっていました。しかし、近年、改善されつつあります。専門医による小児期からの適切な治療、チーム医療による十分な患者教育の成果だと思います。小児2型糖尿病の予後もよくありませんでした。このタイプの糖尿病では、正しい生活習慣を身に着けさせることが大切です。しかし、言うは易く、行うは難しです。また、家庭内や学校でのトラブルによる精神心理的問題が絡んでいることがあります。医療従事者、家族、学校関係者らが協力して、血糖コントロールのみならず患者の心理的安定や社会適応性を高める努力も必要です。
昔、東京の八王子の研究施設に行っていたときのことです。30歳前の若いときです。その施設内の自動販売機の前で、缶コーヒーを飲んでたばこを吸って休憩をしていると、そこでよく会う掃除のおばちゃんが寄って来て、「兄ちゃんは何処から来たの。何の実験しているの。」と聞かれました。「愛媛から来たんよ。子どもの糖尿病の研究をしよんるんよ。」と答えました。そうすると、このおばちゃんが「あー、愛媛の子はよくみかんを食べるから。しかし、そんな遠い所から来て大変ね。私は佐世保よ。」 「・・・」 本県の小児糖尿病の子らの原因が、決してみかんのせいではないことだけは言っておきます。
Hib(ヒブ)も肺炎球菌もどこにでもいるありふれた菌です。小児は誰でも感染する可能性があります。とくに、小さいうちから保育所に入り集団生活をする子どもさんでは、高い頻度で感染します。これらの菌による重い病気には、多くが0歳〜2歳にかかっています。ピークは1歳代です。近年、これらの菌では抗菌薬(抗生物質)の効かない耐性菌が増えています。乳児期早期からワクチンを受ける理由の一つは、治療が難しくなってくるから、かかる前にワクチンで予防することです。
Hib・肺炎球菌ワクチンは、子どもの命にかかわる重い病気を予防します。ここでいう重い病気とは、細菌性髄膜炎、菌血症、肺炎などをさします。それ以外にも、これらの菌では中耳炎、副鼻腔炎、骨髄炎、関節炎を起こします。米国では、すでに2000年から肺炎球菌ワクチンを定期接種にしており、重い病気が98%も減少しました。
細菌性髄膜炎は最も恐ろしい病気です。診断がつきにくく、治療が難しく、かかると3人に1人が亡くなるか、重い後遺症(水頭症、発達の遅れ、聴力障害、知的障害)を残します。日本での細菌性髄膜炎の原因菌は80から90%がHibと肺炎球菌です。これら2つのワクチンで防げる病気です。細菌性髄膜炎のほとんどが5歳未満で発症し、0歳児が半数を占めます。これが二つ目の理由になります。
生後2か月からHib・肺炎球菌ワクチンを受けて、乳児期に免疫をつけておくことは、重い病気を予防するうえでとても大切です。
30年以上前の話です。「あんたら医大の学生さんやのにそれも知らんの。これじゃがね、これ。」 目が点になりました。友達と2人で医学部の近くの焼肉屋に行き、「ホルモンてなんやろな」と話していた時のことです。飛び散った脂で畳までヌルヌルで、今ならきっと座らないであろう汚れた座布団がありました。お世辞にもきれいとは言えない所でしたが、わりと行っていました。かしわとバラ一人前ずつとご飯大盛を注文していました。肉がすぐなくなり、あとはご飯にタレをかけて食べていました。当時はまだよくいた質素(貧乏)な学生の姿でした。
本題に入ります。生体の機能が円滑に作動するためには、体を構成している臓器や細胞の複雑な機能がきちんと統合されて働かなくてはなりません。臓器間、細胞間で密接な情報の伝達が行われ、互いに連携をとりながら機能を発揮していく必要があります。この情報伝達の任を果たすのが、内分泌系と神経系、さらには免疫系であります。内分泌系は、内分泌腺(せん)細胞でホルモンをつくり、それを細胞の外に出して、生体の機能を調節するシステムです。成長・発育、生殖、エネルギーの産生と貯蔵、内的・外的ストレスに対する適応、ホメオスターシス(恒常性と訳され、体の内部環境を一定の状態に保ち続けようとする性質)の維持など、生体には多くの内分泌系による調節機能が働いています。
ホルモンという用語は1世紀前(1902年)に、イギリスの生理学者スターリングとベイリスによって提唱されました。医学の進歩に伴い、今は少しややこしくなっていますが、長く受け入れられてきたホルモンの概念は、1)ホルモンはエネルギー源や体の構成成分としては利用されることなく、2)生体の機能を調節・統御することを目的として、内分泌腺または内分泌組織で合成される生物活性物質であり、3)血液中に分泌され血流によって運搬され遠隔の臓器に作用する、というものです。ここでいう内分泌腺に当てはまる器官は、下垂体、視床下部、甲状腺、副甲状腺、膵臓、副腎、性腺などです。一つ例を挙げますと、糖尿病に関係するホルモンのインスリンは膵臓でつくられます。それが血液中に入り運ばれ、肝臓や筋肉の細胞に作用して血糖を下げます。
近年になって細胞間の情報伝達のメカニズムが詳細にわかるようになり、ホルモンの概念は拡大変化しつつあります。ホルモンを分泌する器官についても、上記の古典的な内分泌腺のほかに、現在では心臓、腎臓、脂肪組織、血管内皮などがホルモンを産生し分泌することがわかっています。脳内で分泌されるホルモンは神経伝達物質としての役割を果たし、またある種のホルモンは免疫系の調節因子として働いています。このような事実は、ホルモンと他の生物活性物質との区別を難しくしています。今では、内分泌系と神経系、免疫系は互いに独立したものではなく、重なり合った領域が存在すると考えられています。
冒頭の焼肉のホルモンの続きですが、一般にホルモン焼きと言えば腸の料理をさすことが多いです。ホルモン焼きを有名にしたのは、漫画 『じゃりン子チエ』ではないかと思います。雑誌『漫画アクション』に昭和53年から19年間連載されました。テレビアニメ化もされました。大阪西成区を舞台に、ホルモン焼き屋を切り盛りする元気な女の子「チエ」と、周囲の個性豊かな登場人物たちの話です。家の看板に大きく「ホルモン」と書いています。ぶら下がっている提灯にも「ホルモン」の文字が入っています。インパクトが大きかったです。私はこの漫画が好きでしたが、これによって本来のホルモンの意味がわかりにくくなったかな、という気がしています。
テレビ番組のナレーションではないですが、「ほんとは、こわーい便秘の話」です。
ご自身が便秘で困っているお母様方もたくさんおられるでしょうが、子どもさんの便秘で悩んでいるお母様方もまた、大勢いらっしゃると思います。
生まれつきの腸の病気などによって起こる便秘もありますが、乳幼児の便秘のほとんどは、原因のないもの、わからないものです。便が何日も出ないと便が硬くなります。その硬い便を排泄するときに、痛みが生じたり出血したりすると、トイレに行くのを嫌がり出し、ますます便秘が続きます。便秘が長く続き、腸に便がいつもたまっていると、それに腸が慣れてきてしまいます。大きな便で腸がいつもふくらんでいるため、便意がなくなってしまいます。それで便秘はさらにひどくなります。伸びてしまったパンツのゴムを想像して下さい。たまった便で直腸(肛門に近い腸の部分)が伸びきってしまうと、腸の筋肉は収縮する力が失われ、神経の働きも弱くなります。
一方、直腸に便が停滞し、硬い大きな便の塊ができると、直腸内の圧が上昇します。この糞塊の上にできた軟らかい便や便汁が、塊の隙間から少しずつ漏れ出て下着を汚してしまいます。これを便漏れと言います。ひどいしつこい便秘や便漏れが小児科での治療だけでは改善されない場合は、伸びきった直腸の一部を切除する手術が必要となり、小児外科のお世話になることがあります。
幼稚園や小学校に入ってからの便漏れの問題はわりと深刻です。便漏れの多い子では、1日に何度も下着を替えないといけません。ときには、親からひどくしかられたりします。子どもは便漏れのことで強く叱られると、劣等感を感じるようになります。ますます便が出にくくなり、トイレに行きたがらなくなります。
便の臭いが気になり、不安や羞恥心を感じ、幼稚園や学校を休むようになる子もいます。便漏れはいじめの原因にもなります。周囲の人たちから臭いを指摘されると、疎外感にさいなまれます。小学生になってこの便漏れがあると、臭うので、一生心の傷になるようなあだ名を付けられてしまうことがあります。子どもの頃、 私のまわりにもいました。年をとってからの同窓会にも出にくいだろうと思います。
食物繊維の少ない食事や、ジュースやお菓子ばかり食べていると、便秘はよくなりません。長く続いている便秘には薬による治療が必要です。薬としては、便を軟らかくする薬、腸管の動きを活発にする薬、お尻から液を注入して便を出させる浣腸があります。浣腸はクセになるものではありません。小さい子どもさんでは、浣腸で糞塊を速やかに体の外に出して、すっきりした感覚を覚えさせることも大切です。便秘の薬は、便がたまってから飲むよりも、硬くならないように、毎日飲む方が効果的です。便をためず、出すときに痛みがないような硬さに保ち、“便秘ではない状態”を続けることが大切です。
「アイジーエー じんしょう」と読みます。一般の方々はあまり聞くことのない病名だと思います。日本人では最も多いタイプの腎炎で、慢性腎炎の約30%を占めます。小児に限っても、慢性腎炎の中では最も頻度が高い病気です。
発症のピークは10〜20歳代です。小児科で診断する症例の多くが、学校検尿で見つかっています。IgA腎症では血尿がほぼ全例に認められます。血尿といっても、目で見たおしっこはふつうで、顕微鏡で見て初めて赤血球が出ているとわかる血尿(顕微鏡的血尿)です。蛋白尿は発見当時は陰性のことがあります。学校検尿で発見される症例は、自覚症状は何もないので、多くが無症候性血尿、無症候性蛋白尿として、学校へは報告されます。一部の患者さんでは、かぜをひいたり下痢になったりした際に、コカコーラのような色の尿(肉眼的血尿)が出て、気づかれることがあります。欧米では、小児期IgA腎症の約80%の症例は肉眼的血尿で発症し、かぜ症状に伴う反復性の肉眼的血尿がIgA腎症の特徴的な臨床症状と報告されてきました。顕微鏡的血尿で見つかり、肉眼的血尿での発症は少ない日本の小児期IgA腎症とは対照的です。これは、わが国には学校検尿という世界に類を見ない学童検診制度があり、腎臓の病気が早期に発見されるためです。
IgA腎症は、この病気が報告された当時は、予後良好な腎炎とされていました。小児期発症のIgA腎症についてもそう考えられてきました。しかし、近年、長期の予後は良くないことが明らかになってきました。確実な診断を得た症例を長期間フォローすると、血尿・蛋白尿が持続する患者さんの多くが、透析が必要となる腎不全に進行するというデータが次々に報告されました。
IgA腎症の発症には遺伝的素因が絡むとされています。何らかの抗原が体に入り、IgA(免疫グロブリンの一種)の過剰産生が起こり、IgA分子の異常も加わって、“悪者” の高分子IgA免疫複合体が形成されます。この免疫複合体が腎臓の糸球体(血液をろ過して尿をつくる所)のメサンギウム領域に沈着し、メサンギウム増殖を起こし、IgA腎症を引き起こすと考えられています。本来、メサンギウム細胞は、糸球体の毛細血管の外側にあり、血管の内皮細胞を構造的に補強し、血流を制御しています。平滑筋様の収縮性があり、収縮によって糸球体での濾過量を低下させ(尿量が減る)、弛緩では逆にそれを増大させます(尿量が増える)。IgA腎症は、このメサンギウム細胞・基質の増加を特徴とするメサンギウム増殖性糸球体腎炎ということができます。小児では、血液中のIgAが高値を示す症例は20〜30%であり、血液検査でもって診断することはできません。腎生検による早期診断と、それに基づく適切な早期治療、長期にわたるフォローアップが必要です。
IgA腎症には様々な型が存在します。治療法の選択は、病理組織の病型によって決められます。ステロイド薬を中心とするカクテル療法(多剤併用療法) が用いられます。治療効果の判定は、尿中蛋白の減少を目安とします。目標は蛋白の陰性化です。成人の症例では、ある種の高血圧の薬の有効性が国際的に認められています。今日、積極的な治療法の導入によって、多くの例で寛解がみられるようになりました。しかし、無症状がゆえに、服薬が守られなかったり、勝手にフォローアップが中断されたりして、成人期に腎不全に陥る例がみられています。
日本人の名前が付いた病名は数少ない。その中において、川崎病は最も有名と言ってよいと思います。この病名は発見者の医師(小児科医)川崎冨作先生の名にちなんだものであります。世界的に川崎病(Kawasaki disease)で通用します。川崎先生が自らが経験した50症例をまとめて論文で発表したのは、1967年(昭和42年)のことでした。
それから10年以上経った昭和50年代には、まだ、この病気を公害病と思っていた人がけっこういました。私も、医師になりたての頃、「お子さんの病気は川崎病です」と話すと、親御さんから「川崎には行ってないのですが」という言葉を聞いたことがあります。小児科医の中では有名でも、診療科が違えばこの病名を知らない先生もいました。
その頃からもう30年、医学が進んだ今の時代になっても、川崎病の原因ははっきりわかっていません。研修医当時、こんなに長く、原因が解明できないとは思いませんでした。患者数は決して少ないわけではありません。近年の年間発症数は1万人を越えています。また、多くの優秀な研究者、臨床医が原因解明に取り組んできました。過去、いろいろな説が出されては消えて行きました。面白いものでは洗剤説なんてのもありました。今日、川崎病の根本的な病態は、「免疫系の異常な活性化」と「全身性の血管炎」に集約されます。
診断は、厚生労働省川崎病研究班が作成した「川崎病診断の手引き」に則って行われます。主として4歳以下の乳幼児に好発します。主要症状は6つあります。 1)5日以上続く発熱。 2)両側眼球結膜の充血。 3)口唇の紅潮、いちご舌、口腔咽頭粘膜の発赤。 4)不定形発疹。 5)四肢末端の変化:(急性期)手足の硬性浮腫、指趾先端の紅斑。 (回復期)指先の皮がむける。 6)頚部のリンパ節腫脹。 これら6つの主要症状のうち5つ以上の症状を伴うものを川崎病とします。ただし、4つの症状しか認められなくても、心臓のエコーで冠動脈の瘤、拡大が確認され、他の病気が除外されれば川崎病としてよいことになっています。あと、参考条項として、BCG接種部位の発赤、心雑音、下痢、腹痛などが挙げられています。一つ一つの症状は特別なものではありませんが、一人の患児にこれらの症状が重なってみられることはこの病気以外にありません。症状の中では、BCG接種部位の発赤は本症にかなり特徴的と言えると思います。
すべての症状が発熱といっしょにどっと出現してくれば診断は容易ですが、実際の臨床ではそうはならず、発症時点での診断はそう簡単ではありません。患児に現れる症状の順番はまちまちであり、症状の種類、程度(強さ)などに個人差があります。発病時は、のどが赤いだけのことがあり、突発性発疹や夏かぜと区別がつきにくいです。熱がなく、発疹だけが先行して体に出ることもあります。小児科に来る前に、皮膚科で軟膏や飲み薬をもらっているケースがあります。子どもで発疹が出る病気はいくらでもあるように、首のリンパ節がはれる病気もたくさんあります。何より、小児では、ふつうでも首のリンパ節は
“首のぐりぐり” としてよく触れます。目が充血する病気もいくらもあります。「高熱が続く」と母親が2日連続で連れて来られ、血液検査をすると、白血球が増えCRPが高い値を示します。これも他の病気でよくあることです。このため、臨床医としては、発病から日が進み、種々の症状が出揃ってから診るほど、正確な診断ができるということになります。ただ、長年の勘で、初期から目星をつけて診ていることはよくあります。
治療は、炎症反応の抑制、冠動脈瘤の予防、血栓形成の防止を目的に、今日では、大量ガンマグロブリンとアスピリン(抗凝固療法)の併用療法が行われています。
余談になりますが、ふつうに診断したケースでも「初めから川崎病じゃと思っていた。診断が遅れた。」 と言う保護者がたまにいます。不思議なことに、この方々の職業がこれまた面白いくらい限られています。公務員の中ならこの職種、民間企業ならこの会社と大体決まっています。これは、いつかまた、『コラム』で。
人の体重の約60%は水分が占めております。乳児では、この比率が高く70%くらいになっています。この“水”の中にはさまざまな電解質(ナトリウム、カリウム、クロール、カルシウム、リン、マグネシウムなど)が含まれています。そして、その濃度は一定に保たれるように調節機構が働いています。しかし、小児では急激に水分・電解質の異状をきたすことがあります。たとえば、暑さのため汗をいっぱいかいたとき(熱中症が心配)、頻回に嘔吐や下痢をしているとき、高熱が続いて食欲が落ちているとき、などです。このような場合、水分と同時に電解質も失っているので、治療には水だけでなく電解質もうまく補うことが大切です。
小児の水・電解質バランスに関する特徴として、1) 体重に占める水分の割合が大きい。2) 体重当たりに換算すると、1日に出入りする水分量が多く、成人の約3倍にもなっている。3) 体が成長発達を続けるために、入る水分量の方が出ていく水分量より多くなっている。4) 腎臓での尿の濃縮力が未熟で水分を失いやすい。5) 先に述べたごとく、水分・電解質の摂取量減少や排泄量増加が起きやすい、ことなどが挙げられます。
実際に、小児では、ちょっとしたカゼなどの日常的な病気でも、水分・電解質摂取量が低下し、脱水に陥ることがあります。つい先日も、「前に住んでいた所では、解熱剤を使わない方が良いと言われていました」と言い、子どもをカラカラにしてしまっていた親御さんがいました。体温が39℃、40℃になった子どもの熱を下げずに、子どもが食事を食べるか、水分を摂れるか、薬を飲めるかということです。
水・電解質の喪失が大きい場合の脱水症では、輸液(点滴)による治療を行ないます。小児の年齢、体重、さらにはその時の水分と電解質それぞれの不足の程度を考慮して、輸液の内容、量、スピードを決めます。入院している児では、血液検査で電解質濃度をたびたびチェックされています。
症状が比較的軽いときは、痛みを伴う点滴によらなくても(子どもは嫌がりあばれますし、血管は見えず触れずですので、点滴を入れるのが難しい)、口から飲むことで水分・電解質の補給をすることができます。ただし、水やお茶、スポーツドリンクでは、水分補給はできても電解質の補充が足りず、脱水症の補正ができないことがあります。現在では、乳幼児用経口補水液と呼ばれるものが薬局で市販されています。この経口補水液では、とくに大事なナトリウム、カリウムの電解質濃度が点滴の液の中の濃度と同じくらいになっています。点滴の液はそのまま口に入れたら苦くて飲めるものではありませんが、経口補水液は酸味を抑え、乳幼児にも飲みやすいりんご風味になっています。また、水分・電解質の吸収率を高めるため浸透圧を低くしてあり、それらを速やかに補給できます。経口補水液の効果は、よほどひどい脱水症を除いて、点滴と変わらないとされています。
貧血はいくつかの種類に分けられます。鉄欠乏性貧血、溶血性貧血、再生不良性貧血、ある種のビタミン・葉酸が不足して起こる貧血、白血病などの病気で血液をつくる骨髄が障害されて起こる貧血があります。われわれ小児科医が日常の診療でみる貧血はそのほとんどが鉄欠乏性貧血です。
鉄欠乏性貧血とは「ヘモグロビンの合成に必要な鉄が不足するために生じる貧血」と定義されます。日本の小児の10〜15%に軽度の貧血があると言われています。一般的な症状としては、疲れやすい、めまい、頭痛、顔色が悪い、動悸、頻脈、息切れなどがあります。それらに加えて、舌炎、味覚の異状、口角炎、爪の変形、さらには発育障害、注意力低下・情緒障害・学習障害などの精神神経症状、氷や土などの非栄養性物質を強迫的に食べる行為(異食症)などがみられることがあります。
鉄欠乏性貧血の原因は年齢による特徴がみられます。乳児期早期の鉄欠乏性貧血は早産児や低出生体重児でよくみられます。体に貯蔵されていた鉄が早い時期から失われることが原因となります。乳児期後期は鉄欠乏性貧血の好発年齢で、離乳期貧血と呼ばれます。胎児期に母親からもらっていた鉄が枯渇してくること、体がどんどん大きくなるため鉄の需要が高まること、離乳食から身体に入る鉄分が不十分であることなどが原因となります。幼児期・学童期には牛乳の飲み過ぎで鉄欠乏性貧血になることがあります(牛乳貧血)。牛乳の鉄含有量は少なく、また牛乳を飲み過ぎることによって食事量が減ること、下痢による鉄の吸収不足などが原因になります。思春期は乳児期と同様、身体の急激な発育がみられる時期です。このことによる鉄需要の増加が主たる原因となります。これに加え、激しい運動に伴う鉄の喪失や血管内での溶血などによって生じるスポーツ貧血、女子生徒では生理が始まることによる鉄喪失、過度のダイエットによる鉄の摂取不足が原因となる貧血があります。まれに、ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)感染が関与した胃十二指腸潰瘍からの失血による思春期鉄欠乏性貧血を診ることがあります。
ワクチンには大きく分けて、「生ワクチン」と「不活化ワクチン」の2種類があります。今、行われている予防接種の中で、生ワクチンにはBCG、麻疹(はしか)・風疹ワクチン、おたふくかぜワクチン、水痘(水ぼうそう)ワクチン、ロタウイルスワクチンなどがあり、不活化ワクチンには3種混合ワクチン、インフルエンザ菌b型(ヒブ)ワクチン、肺炎球菌ワクチン、日本脳炎ワクチン、子宮頸がん予防ワクチン、インフルエンザワクチン、B型肝炎ワクチンなどがあります。
生ワクチンは、生きたウイルスや細菌の病原性を弱めたものです。弱くその病気にかからせると言った方がわかりやすいかもしれません。自然感染に近いかたちですので、免疫もしっかりつきます。接種回数も1回か2回ですみます。一方、不活化ワクチンは、死滅させたウイルスや細菌から免疫をつくるのに必要な成分だけを取り出して使っています。体内でこれらが増えることはありません。ただし、十分に免疫をつけるためには、3〜4回の接種が必要となります。生ワクチンは危険で、不活化ワクチンは安全なんていう単純なものではありません。
今年9月からポリオの予防接種が、生ワクチンを2回飲む方法から不活化ポリオワクチンを4回注射する方法に変わりました。生ポリオワクチンは、生きたウイルスの毒性を弱めたものなので、その病気にかかった時と同じ症状がごくまれに現れることがあり、問題になっていました。11月からはこれまでの3種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)に不活化ポリオワクチンが加わった4種混合ワクチンの接種が始まりました。
この数年間でワクチンの種類がどんどん増え、より複雑になってきました。説明書を読んでも、あるいは一度説明を聞いても、なかなか理解できないと思います。当院では、どのようなスケジュールで予防接種を行ったらよいか、たちまち次回のワクチンは何をいつ頃したらよいかなどについて、来院されたお母様方にスタッフがわかりやすく説明するようにしています。
今年、大阪府、兵庫県などの近畿地方および東京都などの関東地方で風疹が流行しています。そのうちの7割以上が20歳以上の成人で、男性患者が女性患者の3倍強になっています。昭和52(1977)年から平成6(1994)年は、女子中学生が風疹ワクチンの定期接種の対象になっていたので、女性の多くはこの病気の抗体を持っています。しかし、20代、30代の男性のなかには免疫を持っていない人がいます。夫を介して妊婦に感染する可能性があり、先天性風疹症候群が発症するリスクが高い状況になっています。実際に、そのようなケースが報告されています。
先天性風疹症候群は、妊娠早期の妊婦への感染により風疹ウイルスが胎児に感染し、先天性白内障、心疾患、難聴などをきたす重い病気です。1964年から1965年に沖縄で風疹の大流行があり、翌年この病気にかかった子どもが多数生まれ、問題になりました。これをきっかけに、わが国では風疹予防の重要性が認識されました。
当院に子どもさんを連れて来られる若いお父さんで、風疹にかかったことがあるかどうか、あるいはワクチンをしたかどうかがわからない方は、早めに予防接種を受けてください。もし過去にワクチンを受けていたとしても、再度の接種によって免疫を強化することができます。予防接種を受けたことのあるお母さん方でも、風疹の抗体価の低い人は、再度ワクチンを受けることが勧められています。ただし、妊婦さんは風疹の予防接種を受けることはできません。
今年8月の終わり頃に、「この夏、見なかったものは、朝顔の花とアデノウイルス感染症(プール熱を含む)、手足口病でした」とこのホームページのトップに書きました。以前は、夏に道端を歩いていると、あちらこちらできれいな大輪の花を咲かせた朝顔をよく見ました。それが今年はほとんど見かけませんでした。グリーンカーテンとしてのへちまやゴーヤに取って代わられたようでした。
小児科の診療の方では、“夏かぜの代表”のアデノウイルス感染症、手足口病が極端に少なかったです。のどが真っ赤で高熱を出している子で、アデノウイルスの検査をしても陰性が続きました。これまで、「これはアデノだろう」と思って検査をすると、かなりの率で“当たり”だったものです。のどの所見だけでなく、結膜充血があるような子でも陰性でした。
今年は手足口病が極端に少なく、少ないことがニュースでした。昨年は、手足口病が大流行し、空前の発症数でした。3、4か月の間に2回かかった子がざらにいました。1年で3回かかった子もいました。余談になりますが、去年の夏は、正確には5月頃から、マイコプラズマ感染症、伝染性紅斑(りんご病)、手足口病、ヘルパンギーナが多く発症し、いつもの年とは異なり、冬並みの忙しさでした。
手足口病という病名は少し変わった病名ですが、英語でも Hand(手)-Foot(足)-Mouth(口) disease(病)と言います。原因となるウイルスは、私が医学部の学生だった頃はコクサッキーウイルスA16と教わりましたが、その後エンテロウイルス70、71型で発症する症例が見られるようになりました。6-7年前に台湾やマレーシアでエンテロウイルス71による手足口病が流行した際に、脳炎を合併し死亡した症例が多く報告され、大きなニュースになりました。
病名のごとく、症状として、口の中の粘膜、手のひら、足のうらに水疱が出現します。膝や臀部にも出ることがあります。その特徴的な症状から容易に診断できると、教科書には書いています。しかし、昨年の手足口病はそうではありませんでした。患者さんからはコクサッキーA6(A16ではない)が検出されていました。これまで診てきた手足口病とはいろいろな点で異なっていました。長年この病気をよく診てきた小児科の先生でも間違える症例がありました。実際、発疹が頭部に出たり、発疹の数がやたら多かったり、サイズが大きかったり、この病気をよく知っているが故に、悩む症例がありました。他に、手足口病にかかってしばらくして、指の爪や足の爪がぽろりとはげ落ちる現象が話題になりました。当院でも何人か見ました。
手足口病は一般に自然に治る予後の良好な病気とされています。昨年、手足口病は休まなくてもよい、手足口病くらいだったら看てあげるよと言って、患児をどんどんを受け入れ、たくさんの園児が次々に手足口病にかかった保育所がありました。0歳、1歳の年少児の中には、高熱が出て熱性けいれんを起こしたり、のどの痛み、食欲低下のため脱水を起こした子もいました。この病気は、熱がなくても、年少児ではのどの痛みのため1日中不機嫌になることが多く、かからずに済めばそれに越したことはありません。病気というものには幅があり、同じ病気でも、かかる年齢によって、また流行するタイプによって重症度が異なることを知らなくてはなりません。
特定の食物を食べたり飲んだりすると、体がかゆくなったり、発疹が出たり、咳が出たりする人がいます。食物アレルギーです。日本の子どもで多いのは、鶏卵、牛乳、小麦が多く、ついでエビやカニ、ピーナッツ、ソバなどです。最も怖いのは、急に呼吸困難になったり血圧が低下して意識を失うアナフィラキシー・ショックです。
食物アレルギーの診断には、アレルギー症状が出た時の様子を詳しく聞くこと(問診)に加え、血液検査がよく行われます。血中の『特異的Ig E 抗体』を測り、ある食品に対して強く反応していれば可能性が高いと言えます。ただし、この検査で陽性に出れば、必ずアレルギー症状が出るとは限りません。正確な診断には、疑われる食物を少しずつ摂取する『食物負荷試験』が必要なことがあります。
有害なアレルギー反応を誘発するとわかった食品は除去していかないといけませんが、今日では“必要最小限”が基本になっています。子どもの日々の食事に制限をかけ過ぎると、発育発達に悪影響を与えてしまいます。それと、以前はやりすぎたという反省もあるのではないかと思います。
この病気に対して、5年くらい前から『経口免疫療法』という治療が行われるようになりました。症状が出る食品を除去し、かつ年齢が上がってきても、特異的Ig E の数値が下がってこない患者さんに対して、試されるようになった治療法です。原因食品を、症状が出ないごく少量を毎日摂取し、少しずつ段階的に量を増やしていく方法です。入院して開始する方法と通院で時間をかけて行う方法があります。この治療は、十分な設備と経験のある医師がいる専門施設で受けることができます。
大洲に来て3年くらい経って気がついたことがあります。毎年、6月の終わりから7月の始めにかけて、顔色の良くない、しんどそうな小学生がよく受診してくることです。梅雨が明ける前の湿度の高いうっとうしい時期で、体が暑さにまだ慣れていない頃です。来るのは、ふだんはあまり見かけない、めったに病気をしない子らです。
一緒に来た母親やお婆ちゃんが話す受診の主訴(しゅそ)は、「37.2℃の熱がある」 「咳をちょっとしている」 「ご飯をあまり食べない」 「しんどい言うて今日学校を休んだ」みたいな軽いものが多いです。話をよく聞いていくと必ず出てくるのが、「水泳の練習が始まって毎日何時間も泳いでいる」 「陸上の大会があるんで・・・」 「今度の試合のために・・・」の言葉です。それに加えて、男の子なら 「柔道をやっている」 「塾にも行っている」 「休みの日も、朝から“スポ少”で・・・」、女の子の場合は 「ピアノに通っている」 「ダンスと習字にも行っている」などなど。聞いているこちら方がため息をつきそうになります。しゃべっている母親やお婆ちゃんはすこぶる元気そうです。
私が「そんなのムチャでしょう」と言うと、「いや、この子は○○(塾、習い事、スポーツ)は好きじゃと言うんですよ」と連れてきた人が答えます。その横で、小学生の子は元気なくうつむいています。行きたくはない、やりたくはないけど、親や教師がビンビンに張り切っているから言えないのでしょう。診察をしても当然のことながら大きな異常はありません。(ただ、受診する医院によっては、「血液を取って調べましょう」となって、次に「この数値がちょっと高い」とされてしまうことがありますが)
こういうケースで実際に必要なのは、休養であって医療ではありません。今年もやはり、疲れきった気の毒な小学生を何人か診ました。
先月、厚生労働省は、すでに公費で実施されている子宮頸がん、インフルエンザ菌b型(Hib = ヒブ)、小児用肺炎球菌の3種類のワクチンを来年度に定期予防接種の対象とする方針を決定しました。この3ワクチンについては、すでに欧米の多くの国が公的接種に取り入れており、「今になって、やっと決まった」という感じです。
ヒブ、肺炎球菌ワクチンについては、昨年3月に公費負担で広く全国で接種が始まった途端、大騒ぎになったことが記憶に新しいと思います。やれ同時接種が悪いとか、それらのワクチンが悪いとか、例によってマスコミの過剰で異常な報道合戦が起こりました。それに加えて、これも例によってですが、“何でも反対”派が話を混ぜ返していました。今はそのことについては何の報道もありません。むしろ、外国ではふつうに行われ、日本小児科学会も推奨している一度に複数のワクチンを接種する「同時接種」を紹介している記事をよく見かけます。しかし、いまだに、「私は(ヒブ・肺炎球菌ワクチンを)(同時接種を)するつもりはありません」という親御さんが結構います。
上記の3ワクチンに続いて同省が定期接種化を目指しているのは、水痘(水ぼうそう)とおたふくかぜのワクチンで、B 型肝炎、成人用肺炎球菌のワクチンがこれに次ぐ位置づけになっています。予算が確保され次第、順次、定期接種の対象にしていくことも決められたようです。
ワクチンは、病気の原因になる「病原体」を弱らせたり死滅させたりして作った薬液です。人体には、一度体に入った病原体については、そのやっつけ方を覚えて、次からはその病気にならないようにする「免疫」という機能があります。きちんと予防接種を受ければ、感染症の発症を抑えたり、重症化を防ぐことができます。近頃、VPDという文字を見かけるようになりました。Vaccine Preventable Diseases の略で、“予防接種で防ぐことができる病気”という意味です。VPD から、子どもたちを守ることは当たり前のことです。
「学校保健安全法施行規則の一部を改正する省令」が文部科学省から出され、すでに4月1日から施行されています。ご存じの方も多いかと思いますが、いくつかの項目について原文のまま紹介しておきます。
・インフルエンザ(鳥インフルエンザ(H5N1)及び新型インフルエンザ等感染症を除く)にあっては、発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過するまで。
・流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)にあっては、耳下腺、顎下腺又は舌下腺の腫脹(しゅちょう)が発現した後5日を経過し、かつ、全身状態が良好になるまで。
・百日咳にあっては、特有の咳が消失するまで又は5日間の適正な抗菌性物質製剤による治療が終了するまで。
これは文部科学省からの通知であり、学校は当然守らなけばなりません。上記3疾患については、これまでも(改正前の)出席停止の期間の基準がありましたが、われわれ診療に携わる者がみていますと、保護者も守らなければ、ときに学校も守らないことがありました。病気を拡大させないという考え方、努力が必要です。
昨年後半から今年の初めにかけて、この地域の園児や小学生の間で流行しました。短期間で施設内の児の2/3くらいがこの病気にかかった所もありました。溶連菌とは溶血性連鎖球菌の略です。レンサ球菌には多くの種類がありますが、通常「溶連菌」といえば、A群レンサ球菌のことを指します。化膿性レンサ球菌とも言われます。
この菌によって引き起こされる病気のうち一番多いのは、咽頭炎・扁桃炎です。綿棒でのどをぬぐってこの菌の存在を調べる迅速診断検査キットがあり、今では比較的容易に診断できるようになっています。もっとも、のどを見ることが多い小児科医は、典型的な症例なら、その独特ののどの所見でわかる場合が多いです。主な症状は、発熱、のどの痛みです。咳、鼻水・くしゃみなどふつうのかぜの症状はあまりありません。首のリンパ節が腫れたり、舌がイチゴのように赤く脹れあがり、からだに赤い発疹(ブツブツ)が出ることがあります。あまり知られていませんが、意外に多いのが吐き気、嘔吐、腹痛です。お腹の病気のような症状で来院した児を診察すると、のどが真っ赤で溶連菌感染症と診断するケースはわりとあります。溶連菌感染症後の合併症として腎炎が有名ですが、今では激減しています。
治療としては、これまでペニシリン系抗菌薬(薬の名まえとしては、ワイドシリン、サワシリンなど)の10日間の内服がスタンダードになっていました。今もそうしている小児科医が多いようです。私自身もそうしていましたし、耐性菌のことを考えれば、この治療法が最も良いと思います。しかし今日、この系統の抗菌薬では治せない症例が出ています。別の言い方をすれば、この薬の効果が減弱してきています。それと、10日間の内服は長すぎて、今時分の母親、子どもの組み合わせでは、きちんと服薬できていないことが多いという事実もあります。幸いなことに、この菌には今日広く使われているセフェム系抗菌薬がよく効いています。いずれにしても、熱が下がったからといってすぐ薬を飲むのをやめるのではなく、指示された日数分 最後まで飲みきることが大切です。最後に、溶連菌感染症にかかった園児、学童は、治療が開始されてから24時間は登園・登校することができません。
「貧血でふらふらする」 「よう立ちくらみするんじゃけど貧血じゃろか」 「学校で倒れそうになって貧血の検査をしてもらうように言われた」
お母さんが小学校高学年くらいの子を連れてくることがあります。女の子の方が少し多いかと思います。問診で貧血が原因で倒れたのではないことは容易にわかるのですが、貧血検査を目的に受診されているので一通りの検査は行います。誤解している方が多いようですが、これらの症状は医学的にいう貧血とは異なり、ほとんどが起立性調節障害(OD)と呼ばれるものです。
まず貧血の定義から述べますが、貧血とは血液中の赤血球数やヘモグロビン濃度が正常より少なくなった状態のことを言います。その検査の値の正常範囲は年齢によって多少異なります。大体、小児期は低めです。成長のスピードが速い小学校高学年、中学校の生徒さん、とくに女子では、実際に検査をしてみると軽度の貧血が見つかることはしばしばあります。しかし、その貧血が原因で倒れたり、立ちくらみ、めまいなどの症状が起こっているケースはまれです。
起立性調節障害は思春期に起こりやすい自律神経機能不全です。立った時などに静脈がうまく収縮しないとそこに血液がたまり、心臓へ戻ってくる血液の量が減ってしまいます。そうなると、心臓から出ていく血液の量も減ってしまい、脳へ行く血流が減少する結果として上記のような症状が現れます。
朝起きられず、学校に行きづらいため登校拒否と間違われる例があります。夜はなかなか寝付けず、昼間は倦怠感、頭痛、集中力の低下などの症状が出て、学校の成績が落ちることもあります。この病気は心理的なストレス(症状が持続することへの不安、学校へ行けないことへの焦り、仮病扱いされることへのいら立ちなど)にも影響を受けます。
薬による治療としては、昇圧薬が用いられます。あと、血管の収縮反射を改善するため、日常生活の中でできるいくつかの鍛練を勧めることがあります。
扁桃腺の大きさには個人差があり、また年齢による変化もあります。リンパ組織、リンパ器官が発達する幼児期では、その一部である扁桃腺は一般に大きい傾向があります。首のぐりぐり(頚部リンパ節)もよく触れます。
扁桃肥大は、心雑音と同様に、子どもの健診でよく指摘される所見ですが、大きいことイコール病気というわけではありません。単に大きいから切除するというものでもありません。
扁桃腺の手術(切除術)が行われるのは、主に次の2つの場合です。一つは、扁桃炎を繰り返す。扁桃腺が菌の巣になっている場合。もう一つは、睡眠時の無呼吸です。これには日中の眠気、多動、攻撃的な行動、学習障害、発達遅滞などを伴うことがあります。
近年、種々の抗菌薬の開発により前者の理由による扁桃腺の手術は少なくなり、後者の理由で手術が行われることの方が多くなっています。当院でも、こういう症例を子どもの扁桃腺手術ができる総合病院に、年に何例かは紹介しています。
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